小説

幸田露伴「あやしやな」

明治二十二年の短編。日本人が一人も登場しない。ある男が死に、殺人事件と疑われる。関係者のうち、妻と医者は容疑を離れ、夫婦の娘に乱暴をはたらき、自殺に追いやった伯爵が犯人だとわかる。ゴシックロマンス的な探偵小説を目指していて、幽霊のようなも…

幸田露伴「是は/\」

質屋の佐野平に鹿鳴館から使いが来る。伺ってみると、貴婦人がいて、巨瀬金岡、古土佐、探幽応挙、容斎北斎などを気に入って七千円程度、千円だけ手付けにして取り置いてもらっているが、すでに日本で買い物をしすぎ、本国から送ってもらっているが、まだ一…

幸田露伴「一刹那」

明治二十二年の短編。露伴は他の作家と比較して、小説形式の仕掛けを工夫していて、この小説では「一刹那」という言葉をきっかけにして状況が変わる。短編だが、さらに三つの話から構成されている。第一は、放蕩の末財産をなくしていまはらお屋をしている男…

佐藤春夫「円光」

1914年の短編。ある画家が若く美しい妻をめとり、一家を構えることになった。ある日、見知らぬ人物から手紙を受け取る、どうやら妻が以前付き合っていた男であるらしい。妻に聞いてみると、ええ、知ってる人だわ、愛し愛された人です、だって「あたしは…

一言一話 152

Reading for the Plot: Design and Intention in Narrative (English Edition) 作者:Brooks, Peter Knopf Amazon 始まりと終わり 隠喩の換喩的操作による実現としてのプロット 始まりと終わりはトドロフの「叙述的変換」の好例であり、そこでは始まりと終わ…

一言一話 137

小林秀雄全集〈第1巻〉様々なる意匠・ランボオ 作者:小林 秀雄 新潮社 Amazon 旧刊の全集で読んでいるので、この本に載っているかどうか。 弁明――正宗白鳥氏へ 正宗白鳥 散文的な かういふロマネスクな題材をあつかひ、ロマネスクな結果を得まいとするに際し…

一言一話 115

桑原武夫『文学とはなにか』 ...文学と科学 ファーブルのように自然界の中で直接の観察をすることは、今日むしろ稀れであって(そういう意味で『昆虫記』は文学である)、多くの科学者はラボラトリで目盛りを読んでいるのだ。現実の社会、ないし自然に存在す…

一言一話 114

黒いユーモア選集〈1〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon 黒いユーモア選集〈2〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon ルイス・キャロル ナンセンス ルイス・キャロルの<<ナンセンス>>の重要性の源泉はつぎの…

一言一話 112

黒いユーモア選集〈1〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon 黒いユーモア選集〈2〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon ポー 異常なものと奇妙なもの これまでどのように言われてきているにせよ、彼の人工性と異常…

一言一話 111

黒いユーモア選集〈1〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon 黒いユーモア選集〈2〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon スウィフトとヴォルテール 人生の様相に反応する態度全体が、かれをヴォルテールと反対のもの…

一言一話 110

黒いユーモア選集〈1〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon 黒いユーモア選集〈2〉 (河出文庫) 作者:アンドレ ブルトン 河出書房新社 Amazon 黒いユーモアとその敵 黒いユーモアは、馬鹿馬鹿しさとか、懐疑的なアイロニーとか、重苦しさ…

一言一話 109

梶井基次郎全集 全1巻 (ちくま文庫) 作者:梶井 基次郎 筑摩書房 Amazon ある崖上の感情 崖の上から他人の家の窓を見る 僕はながい間じいっと眼を放さずにその窓を見ているのです。するとあんまり一生懸命になるもんだから足許が変に便りなくなって来る。ふら…

一言一話 109

フランツ・カフカ (1955年) 作者:マックス・ブロート Amazon 『審判』の朗読、笑い カフカが自分で朗読するとき、このユーモアは特にはっきりと現われた。たとえば、彼が「審判」の第一章を聞かせてくれたときなど、われわれ友人たちは腹をかかえて笑った物…

一言一話 108

フランツ・カフカ (1955年) 作者:マックス・ブロート Amazon オドラデク 『おまえさん、名前はなんというの。』――『オドラデク(Odradek)。』(この名前は『反逆者』を意味する一連のスラブ語を思いおこさせる。種族rodにそむき、神のおぼしめし、すなわち…

一言一話 99

飯沢匡刺青小説集 (1972年) Amazon 弁天小僧 あの芝居は私にいわせると徳川末期の町人趣味が最も色濃く現われているもので、そもそも女装した男子が、刺青の肌ぬぎになってゆすりかたりをやるというのだ。観客は女形という約束で、男性俳優でも女性と思い込…

一言一話 98

飯沢匡刺青小説集 (1972年) Amazon サディズムとマゾヒズム 動物の繁殖の時に、雄は優秀な雌を得んがために狂奔する。そして雄同士は死闘を展開する。W・ディズニーは、その動物映画の中でこういう場面をいくつか私たちに見せてくれた。たとえばカナダ山中の…

一言一話 97

飯沢匡刺青小説集 (1972年) Amazon 黒曜石のように墨一色の個体 かつて彼の局部が、まるで石炭か黒曜石のように光沢のある墨一色の個体であるのを見たのだったが、今度は彼の体全体がそれになっているのだった。 彼は、今までの色とりどりの図柄の文様の上か…

一言一話 90

ロートレアモンとサド (1970年) 作者:モーリス・ブランショ Amazon サド 強者の危機 もしたった一度でも強者が自分だけの快楽を求めたがために不幸を見出し、またもしも自分の専制の行使においてわずか一度でも犠牲者となるならば、彼はおしまいであり、快楽…

一言一話 89

ロートレアモンとサド (1970年) 作者:モーリス・ブランショ Amazon サド 表現 サドの第一の異常性とはこういうことである。というのは彼のもろもろの理論的思考がおのれが結びつけられている非合理的な力を瞬間ごとに解放しているからであって、またこれらの…

一言一話 65

いかにしてともに生きるか―コレージュ・ド・フランス講義 1976‐1977年度 (ロラン・バルト講義集成) 作者:ロラン バルト 筑摩書房 Amazon 社会的ユートピアと内的ユートピア イディオリトミックな「共生」のユートピアは社会的ユートピアではない。ところが、…

一言一話 52

文学と問い 事物は何を意味するか、世界は何を意味するか?文学とはすべて、この問いなのだ。が、すぐさま言い添える必要がある。文学の特色といえばこれなのだから。つまり文学とは<この問い、マイナスその答え>なのである。かつてどんな文学にせよ、けっ…

一言一話 51

批評をめぐる試み―1964 (ロラン・バルト著作集 5) 作者:ロラン バルト みすず書房 Amazon オブジェ オブジェは<始動>させる。それは観念よりも測り知れぬほど迅速な、文化の媒介者であり、<<場面>>とまったく同等に能動的な、幻覚の生産者である。それ…

一話一言 50

批評をめぐる試み―1964 (ロラン・バルト著作集 5) 作者:ロラン バルト みすず書房 Amazon 文学と媒介 あらゆる文学がよくわきまえていることだが、文学はオルフェウスと同じく、死の危険を冒すことなしに、自分が目にしたもののほうを振り返ることができない…

一言一話 47

演劇のエクリチュール―1955-1957 (ロラン・バルト著作集 2) 作者:ロラン・バルト みすず書房 Amazon 意味作用の問題に関する三つの文学的試み 意味作用の問題に関する三つの文学的試みを例として挙げておく。たえず物の意味を増大させようと試みた、超現実主…

一話一言 46

演劇のエクリチュール―1955-1957 (ロラン・バルト著作集 2) 作者:ロラン・バルト みすず書房 Amazon バルザックとリアリズム バルザックはリアリズムの作家である。というのも彼は人間関係を最終的には政治的関係としてとらえたのだ。ここにはまさに新たな思…

一言一話 40

決定版 夏目漱石 (新潮文庫) 作者:淳, 江藤 新潮社 Amazon リア王の自然と仙人の自然 漱石 リアがこの半裸の乞食に対して着衣を投げ与えるのは、「自然」のみにくさに耐え兼ねた反射的な行為である。つまり、「愛」とか「倫理」とかは、この行為を出発点とし…

一話一言 39

決定版 夏目漱石 (新潮文庫) 作者:淳, 江藤 新潮社 Amazon 私小説と純粋小説 これらの有能な青年作家達[中村真一郎ら]の見落としている重要なことは、我が国の自然主義的<純文学者>達によって書かれて来た私小説というジャンルが、やはり一種独特の方法を…

一話一言 38  

決定版 夏目漱石 (新潮文庫) 作者:淳, 江藤 新潮社 Amazon 文学が判らぬという才能 漱石 彼らは[藤村や花袋]、この狂人めいた文部省留学生にくらべてはるかに西欧文学の魅力に忠実だったので--即ち、日本の現実に盲目だったので、--それだからこそ、ドスト…

一話一言 22

「絶対」の探求 (岩波文庫) 作者:バルザック 岩波書店 Amazon 心情の記憶しか、彼女はもっていないのだった。 日常的な細やかな記憶を忘れることはないが、知識に関することはすぐに忘れてしまうこと。夫は化学に夢中になり、財産をすり減らす。女性的なもの…

一話一言 17

太陽肛門 作者:バタイユ,ジョルジュ 景文館書店 Amazon 狂熱の媒介者としての<である> 世界がまさしく戯画的であることは明らかだ。すなわち何を眺めてもいまひとつのものの戯画である、或いはまた期待外れなかたちでの同一物である。 反省にふける頭脳の…