2019-12-01から1ヶ月間の記事一覧

残影の庭

私は観覧車に乗っていた。壁には砂漠の薔薇が描かれている。 私は電車に乗った。車窓のなかを巨大な鉄塔が通り過ぎていった。むきだしの骨組みをあらわにした燈籠が、放射した鉄の先に吊されている。燈籠にあいた窓以外の場所には蔦が絡まり、幾本も寄りあわ…

幸田露伴を展開する 8

芭蕉語彙 (1984年) 作者:宇田 零雨 出版社/メーカー: 青土社 発売日: 1984/02 メディア: - 幸田成友著作集〈第1巻〉近世経済史篇 (1972年) 作者:幸田 成友 出版社/メーカー: 中央公論社 発売日: 1972 メディア: - 8 『白芥子句考』は、この句が何年に、ど…

幸田露伴を展開する 7

芭蕉紀行文集―付嵯峨日記 (岩波文庫 黄 206-1) 作者:松尾 芭蕉 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1971/11/16 メディア: 文庫 芭蕉俳句新講〈下巻〉 (1951年) 作者:潁原 退蔵,松尾 芭蕉 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1951/08/10 メディア: 単行本 芭…

倒錯的な物の創造=破壊--『パットとマット』

パットとマット~なにもそこまで~ [DVD] 出版社/メーカー: TDKコア 発売日: 2001/06/27 メディア: DVD パットとマット~なにがなにやら~ [DVD] 出版社/メーカー: TDKコア 発売日: 2002/04/24 メディア: DVD 文楽座の人形芝居 作者:和辻 哲郎 発売日: 2012/09…

幸田露伴を展開する 6

6 坪内逍遙宛ての書簡で賞賛し、晩年には『七部集』と呼ばれる、芭蕉門弟たちの連句、発句を集めたものの評釈にかかり切りになったことからも、露伴の芭蕉に対する敬愛の念はほぼ生涯を一貫して変わらなかったと思われるのだが、以前から私にとって疑問に思…

ムーミン谷のパスの精度--トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』

新装版 ムーミン谷の仲間たち (講談社文庫) 作者:トーベ・ヤンソン 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2011/07/15 メディア: 文庫 ムーミン・コミックス(全14巻セット) 作者:トーベ・ヤンソン,ラルス・ヤンソン 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2011/01/01…

幸田露伴を展開する 5

5 明治二十八年に書かれた小説『新浦島』は、露伴の小説がもつジレンマが赴くところを象徴的にあらわしている。浦島太郎の一族の末裔である次郎は、揃って死んだ両親の遺体が、一片の骨を残して跡形もなく消え去っているのに驚く。平凡な漁師夫婦と思ってい…

肉声と現代の文学--保坂和志『カンバセイション・ピース』

カンバセイション・ピース (河出文庫) 作者:保坂 和志 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2015/12/05 メディア: 文庫 合本 考えるヒント(1)~(4)【文春e-Books】 作者:小林秀雄 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 2015/03/27 メディア: Kindle版…

幸田露伴を展開する 4

風流仏・一口剣 (岩波文庫) 作者:幸田 露伴 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1988 メディア: 文庫 4 初期の露伴には、確かに仏教的な要素が色濃い。しかし、露伴が求めたものは、仏教が与えてくれるように思えるある境地である。それは、ある種の悟りか…

固有世界の戦い--荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』、ボルヘス『記憶の人、フネス』

ジョジョの奇妙な冒険 第6部(40~50巻)セット (集英社文庫(コミック版)) 作者:荒木 飛呂彦 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2009/07/17 メディア: 文庫 伝奇集 (岩波文庫) 作者:J.L. ボルヘス 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 1993/11/16 メディア: 文庫 …

幸田露伴を展開する 3

3 江戸時代の戯作は、主に遊里を中心とした閉ざされた場で、限られた人間関係が組合される。そうした枠組みと決まりきったパターンをなくしたときに、どう「世の人情と風俗」を写し取ることができるかが逍遥の問題だった。二葉亭四迷も、森鷗外も、夏目漱石も…

言葉の軽重と固有名--イタロ・カルヴィーノ『カルヴィーノの文学講義』

カルヴィーノの文学講義―新たな千年紀のための六つのメモ 作者:イタロ カルヴィーノ 出版社/メーカー: 朝日新聞社 発売日: 1999/04 メディア: 単行本 イタロ・カルヴィーノが言うには(『カルヴィーノの文学講義』)、文学の歴史は、言葉を軽くしようとする…

幸田露伴を展開する 2

小説神髄 (岩波文庫) 作者:坪内 逍遥 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 2010/06/16 メディア: 文庫 2 坪内逍遙宛ての書簡の内容は小説のことに関わる。 小説家としての露伴の活動は二つの時期に分けられる。『露団々』から『天うつ浪』が中断に終わるまで…

各種の晴朗さ--アウエルバッハ、高橋たか子、長嶋有、藤野千夜、庄野潤三

ミメーシス―ヨーロッパ文学における現実描写〈上〉 (ちくま学芸文庫) 作者:エーリッヒ アウエルバッハ 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 1994/02 メディア: 文庫 きれいな人 作者:高橋 たか子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2003/06 メディア: 単行本 …

幸田露伴を展開する 1

芭蕉全発句 (講談社学術文庫) 作者:山本健吉 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2017/01/06 メディア: Kindle版 1 夏目漱石などとは異なり、幸田露伴は筆無精であったらしく、全集で書簡に一巻分を当てられているが、特定の時期を除けば、実務的な内容のもの…

グロテスクなナンセンスに通じる恐怖--坂東眞砂子『くちぬい』

くちぬい (集英社文庫) 作者:坂東 眞砂子 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2014/05/20 メディア: 文庫 東日本大震災は三つの災厄をもたらした。ひとつは地震と津波によるものであり、第二に原子力発電所の破壊があり、第三に主として原子力発電所や放射能に…

ユートピアとしての猫--夏目漱石『吾輩は猫である』

吾輩は猫である (岩波文庫) 作者:夏目 漱石 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 2014/12/18 メディア: Kindle版 夏目漱石の『吾輩は猫である』はおそらく日本で最も有名な小説のひとつだろうが、知られている割には、完読されることはないのではなかろうか。…

暴力と三つの自然--赤坂真理『コーリング』

コーリング (講談社文庫) 作者:赤坂真理 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2014/10/24 メディア: Kindle版 ここ数年の、小説や映画での暴力の特徴は、確たる理由がないことと、突発的であることだろう。そうした暴力は、恨みや憎悪や敵意を原因として説明す…

大きな静まりとハードボイルド--佐伯一麦『誰かがそれを』

誰かがそれを 作者:佐伯 一麦 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2010/01/27 メディア: 単行本 バラエティに富んだ内容で、これまでの、そしてきっとこれからの佐伯一麦作品のエスキースとなるものを集めたかのような短篇集である。夫婦の日常から、伊達政宗…

おいしい、うれしい、そしてよかった--庄野潤三『鳥の水浴び』

鳥の水浴び (講談社文芸文庫) 作者:庄野 潤三 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2015/03/11 メディア: 文庫 「朝、小雨の降る中を四十雀一羽、ムラサキシキブの枝の脂身を詰めたかごに来て、つついている。一羽が飛び去ると、次の一羽が入れ代わって脂身をつ…

水槽の曖昧な対象--吉田修一『熱帯魚』

熱帯魚 (文春文庫) 作者:吉田 修一 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 2003/06/10 メディア: 文庫 『熱帯魚』の魅力は、全篇に満ちた捉えどころのない曖昧さにあると言える。 この本には、「熱帯魚」、「グリンピース」、「突風」という三本の中篇が収めら…

『小説教室』を読んでもなかなか小説を書き上げるにはいかない理由ーー高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』

一億三千万人のための小説教室 (岩波新書 新赤版 (786)) 作者:高橋 源一郎 出版社/メーカー: 岩波書店 発売日: 2002/06/20 メディア: 新書 ①なにもはじまっていないこと、小説がまだ書かれていないことをじっくり楽しもう②小説の、最初の一行は、できるだけ…

『キルケゴールとアンデルセン』とその分身ーー室井光広『キルケゴールとアンデルセン』

キルケゴールとアンデルセン 作者:室井 光広 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2000/09 メディア: 単行本 キルケゴールと違和感なく結びつく名前というのであれば、たちどころにその幾人かをあげることができる。思想家には、別の名前を容易に引きつける者と…

様々な異邦ーーウラジミール・カミナー/リービ英雄/宮沢章夫/古井由吉

仮の水 作者: リービ英雄 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2008/08/08 メディア: 単行本 購入: 1人 クリック: 5回 この商品を含むブログ (25件) を見る ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集 作者: 宮沢章夫 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2011/0…

不活性の魅力ーー石川淳『いすかのはし』

昭和二十二年に発表された短編『いすかのはし』で石川淳本人を思わせる語り手は、「すこし気のきいた人間ならばかならず一所不在、際限なく運動しつづけるものである」と『虹』の朽木が口にしそうな颯爽とした言葉を発し、実際、語り手はそれほど広範囲とは…