2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

ブラッドリー『仮象と実在』 83

... (真理とはなにか。) 真理は思考の対象であり、真理の目的は存在を観念的に性質づけることにある。つまり、実在に安定した性格を与えることにある。真理はそうした内容の述語化であり、述語化は調和をもたらし、不整合と不安定とを取り除く。所与の実在…

ブラッドリー『仮象と実在』 82

... (観念は主語と述語の対照によって判断のうちに明らかになる。) このことは、思考がもっとも完全な形であらわれる判断の本性を考えるとより明瞭に理解することができる。判断において、観念は実在を叙述する。第一に、述語づけられているのは心的なイメ…

ブラッドリー『仮象と実在』 81

.. 第十五章 思考と実在 ... (観念の本性。) 我々の絶対についての考察に対して読者があげる自然な反論がある。難点は、それ自体で擁護することができるような説をなすことよりも、明らかな矛盾とどう調和させるかにある、というものである。真の問題は、…

ブラッドリー『仮象と実在』 80

(我々の絶対に関する知識は不完全であるが、実定的である。その源泉。) それゆえ、少なくとも現在のところ、実在は我々の全存在を満足させると信じねばならない。我々に必要なのは--真理と生、美と善にとって--すべてにおいて満足を見いだすことである…

ブラッドリー『仮象と実在』 79

(しかし、間接的には、理論的完璧性はあらゆる側面における完璧性を含んでいるように思われる。) それゆえ、完璧を喜びに満ちた調和と理解するなら、実在が完璧であると示す直接的な手段は存在しない。現在見て取れる知的基準に関する限り、それには苦痛や…

ブラッドリー『仮象と実在』 78

(実践的理論的公準。) 実際的目的が、事実としての完全性の存在を仮定していると思うのがある意味自然である。しかし、より注意深く調べてみるとこの考えは消散していく。道徳的目的は現実に存在する道徳性が発するものではいことは明らかである。道徳性が…

ブラッドリー『仮象と実在』 77

(存在論的議論。) 最初に、「存在論的な」議論を手短に扱うことにしよう。その本質的な性質については後により明らかになると望んでいるが(第二十四章)、ここではなぜそれが我々の助けとはならないかについてだけ指摘しておこう。この議論は様々な形で述…

ブラッドリー『仮象と実在』 76

(いかなる実際的な前提からも回答はもたらされない。) 実際的な目的とその価値基準は存在すると私には思われ、その性質については後に十分に扱うことになろう(第二十五章)。いまのところ私に言えるのは、抽象的に捉えると、実際的な基準とは理論的基準と…

ブラッドリー『仮象と実在』 75

(しかし、それは理論的な完璧性以上のものをもつだろうか。) この時点まで、我々が確保してきたのは、単に理論的整合性だと言うことができる。絶対は個別の経験において可能なあらゆる内容を保持し、そこにはいかなる矛盾も残り得ない。一見したところ、こ…

ブラッドリー『仮象と実在』 74

第十四章 実在の一般的性質(続き) (絶対は一つの体系であり、その材料は経験である。) 我々のこれまでの結論はこうである。あらゆる現象的なものは、幾分は実在である。絶対的なものは、少なくとも、相対的なものと同じくらいは豊かでなければならない。…

ブラッドリー『仮象と実在』 73

(更に、実在は実体的な一者である。実在の多数性は可能ではない。) この結論をもう一歩進めてみよう。我々は実在が一なるものであることを知っている。しかし、この一なるものというのは曖昧である。形容詞として多様性をもつ一つの体系なのだろうか、ある…

ブラッドリー『仮象と実在』 72

(我々の評価基準は至上のものであり、単なる否定的なものではない。それは実在に関する実定的な知識を与える。) かくして、我々は判断基準を手に入れ、我々の判断基準は最上のものである。我々がいくつかの基準をもち、それが事物の性質について幾ばくかの…

ブラッドリー『仮象と実在』 71

(発達に基づいた反論。) こうした試みにある一つの錯覚についてついでに見ておこう。我々の判断基準は経験から発展したのもであり、それゆえに、少なくとも絶対ではあり得ないと言われることがある。しかし、まず、なにかから発展するものがなぜ弱いものと…

ブラッドリー『仮象と実在』 70

(我々は絶対的な評価基準をもっている。) 実在の本性の探求を始めるにあたって、我々が出会うのは、もちろん、一般的な疑いや否定である。(1)真理を知ることは不可能である、あるいは、いずれにせよ実行不可能だと言われる。我々は第一原理について確か…

ブラッドリー『仮象と実在』 69

第二巻 実在 第十三章 実在の一般的性質 (主として否定的な結果。) 我々の第一巻の結果は主として否定的なものだった。実在を見る無数のやり方を取り上げたが、それらはすべて自己矛盾によって損われていた。実在は、少なくともその身分においてはそうした…

ブラッドリー『仮象と実在』 68 

(現象は事実であり、何らかの形で実在を性質づけねばならない。) 我々は物自体の教義が不条理であることを見てきた。この種の実在は、確かに、証明できないものではない。反対に、つくりだすことの容易な間違った空虚な抽象であることが十分自明である。我…

ブラッドリー『仮象と実在』 67

(ただ難点を倍加するだけである。) まず物に含まれる多数性について述べてみよう。もしそれが意味をもつならば、この隔絶した世界で我々は多くの問題をもつことになる。多様性とその関係は我々が避けようと努めてきた難問に我々を連れ戻すことになる。もし…