2022-01-01から1ヶ月間の記事一覧

よろずの紙反故 56

あげぶたを恋のほむらのとじぶたに 新世界通天閣から曙を 目黒川あけぼのくさに日の香り 揚巻を崩さぬ腰の踊りかな 揚巻に結わえた身体はまりとなり

一言一話 160

カイエ・デュ・シネマ1957年ベスト20 1.チャールズ・チャップリン『チャップリンのニューヨークの王様』 1957年 英 2.フランク・タシュリン『ロック・ハンターはそれを我慢できるか?』 1957年 米 3.フェデリコ・フェリーニ『カビリアの…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 15

彼の努力の多くは、活動性としての、実践的意識としての言語への強調を取り戻すことで、それは閉鎖された「個人意識」や「内的精神」へ向かう特殊化によって結果的に否定されてきたものだった。この伝統は、閉じられた形式体系の二者選択ということを離れて…

ブラッドリー『論理学』 22

§13.しかし、こうした込み入ったことはそのままにしておかなければならない。(言ってみれば)知覚にあらわれる実在は単一の瞬間にあらわれるのではないことを知ることで満足しなければならない。しばらく立ち止まり反省してみるなら、我々がどれだけ迷信…

よろずの紙反故 55

武蔵野のあけのこったる窪地かな 銚子沖波頭立つ赤曽朋舟 揚場ではチンチロリンが波をのみ オペ室で身をあけはなす君の骨 明け番に昨日の様子を探られて

一言一話 159

カイエ・デュ・シネマ1956年ベスト13 1.ロベール・ブレッソン『抵抗』 1956年 仏 2.ジャン・ルノワール『恋多き女』 1956年 仏 3.ニコラス・レイ『理由なき反抗』 1955 米 4.オーソン・ウェルズ『秘められた過去』 1956年 ス…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 14

言語を道具へ還元することに対抗するものとして、活動としての言語を観念論風にあらわした、言語を表現としてとらえる考え方は、明らかに魅力的なものであった。それは、敵対理論が情報の伝達、メッセージの交換、対象の名づけに限定し、最終的には抑圧した…

ブラッドリー『論理学』 21

§11.我々は実在が、少なくとも我々の知る限り、現前しているに違いない、と自然に考えている。もし私が直接それと行き合うことがなければ、私はそれを決して確かめることはできない。結局、私が感じるもの以外には実在ではあり得ず、私は自分に触れるもの…

よろずの紙反故 54

実在や老眼越しの桃の皮 おかっぱの頭を崩す狼藉や 纐纈の血の染み渡る揚げ豆腐 揚げ鍋に余った肉をとじ蓋に 紀元節明荷一つの朝立ちへ

一言一話 158

カイエ・デュ・シネマ1955年のベスト20 1.ロベルト・ロッセリーニ『イタリア旅行』 1953年 伊 2.カール・ドライヤー『奇跡』 1955年 デンマーク 3.ロバート・アルドリッチ『悪徳』 1955年 米 4.マックス・オフュルス『歴史は女で…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 13

十九世紀後半から二十世紀中盤にかけての実証主義が優勢な時期においては、マルクス主義の支配的な部分は、こうした事実上の還元を行なった。全般的に無視されていた言語理論において直接的にではなく、意識についての考察や、「イデオロギー」や「上部構造…

ブラッドリー『論理学』 20

§9.しかし、判断は、前の章で見たように、観念に限られるものでもなく、決してその総合に存するわけでもない。二つの観念が必要だというのはまったくの錯覚であり、二つ揃うまで判断を待つようでは我々は判断などまったくできなくなるだろう。繋辞が必要だ…

よろずの紙反故 53

牢番の白髪数える大晦日 日の丸に肉布団朗詠し 草原の狼煙の前の君の影 天宮の蜜蝋の如き廊下かな 琅玕や性感帯を探しかね

一言一話 157

The 1950s ジャック・リヴェット「ある革命についてのノート」(カイエ・デュ・シネマ54 1955年クリスマス号) 1955年のアメリカ映画 グリフィスの我々の存在を揺るがすような強襲ののち、アメリカ映画の第一時代は俳優たちに属していた。次に続くの…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 12

本質を構成するものとしての言語の観念は、常に、こうした還元の危険にさらされている。しかしながらそれは、孤立した独創的な語が観念論に向かう方向においてのみではなく、客観的唯物論や実証主義においても、「世界」や「現実」や「社会現実」が、あらか…

ブラッドリー『論理学』 19

§7.しかしながら、この結論は容易に持ちこたえることができない。というのも、もし真理がそのようなものであったら、あらゆる真理は偽と大して変わらないものとなってしまうだろう。我々は定言的判断をそう簡単にあきらめることはできない、というのは、も…

よろずの紙反故 52

暑気見舞い小岩がお菊を連れてきて 来賓の乞食仙人萩の露 生肉を雷斧石もてミンチにし 雷鳴の象る空を譜面とし 煙たつ火鉢の前の羅宇のやに

一言一話 156

Psychoanalysis and Storytelling (Bucknell Lectures in Literary Theory) 作者:Brooks, Peter Wiley-Blackwell Amazon 前快感と文学 このよく知られた一節で、文学形式の諸効果と前快感が同一視されていることは、多分、一見思われるほどつまらないことで…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 11

この言語の物象化の主要な理論的表現は、二十世紀に、客観主義的なデュルケム的社会学と密接な関係をもつソシュールの作品においてあらわれた。ソシュールにおいて、言語の社会的性質は安定しており、自律的で、規範的で同一の形式に基づいたある体系(ラン…

ブラッドリー『論理学』 18

§5.こうしたことが現実を構成するいくつかの点である。真理はその一つをももっていない。それは観念の世界に存在する。観念は、我々が見てきたように、単なるシンボルである。一般的であり形容詞的で、実体でも個的でもない。その本質は意味のなかにあり、…

よろずの紙反故 51

五本辻来世の道を選びかね 雷鳥を目刺しにしたる去年の秋 アテネではパイドンだけに雷同し 来年の今月今夜の爪の罅 礼拝で水杯を酌み交わし

一言一話 155

Reading for the Plot: Design and Intention in Narrative (English Edition) 作者:Brooks, Peter Knopf Amazon 反復と物語 『想起、反復、徹底操作』および『快感原則の彼岸』の議論を例証として、我々は、反復が想起の一種であり、そのつながりが不明瞭で…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 10

比較分析と分類に基づいたこの仕事は、その手続きにおいて、同時代の進化論的生物学に非常に近かった。それは学問的な調査がいっせいに行なわれた主要な時期の一つであり、経験に基づいて、進化論的発達や諸関係の図式を含んだ言語語族の主要な分類だけでな…

ブラッドリー『論理学』 17

§3.しかし、ヘルバルトは、後で見るように、そう簡単に片付けられはしない。彼は、判断が事物に関するものだという常識的な教義を無批判に受け入れ、事物とは言葉ではないという発見に驚き、繋辞の本性についての言語学的啓示と思われていたものにひれ伏し…

よろずの紙反故 50

小舟には来客ばかりあふれおり 去年の秋雷火に映るアフロディテ 硬石に瞥見される来月の夜 来貢にロリポップばかりの花束を 沖縄に雷獣のいる涼しさよ

一言一話 154

Reading for the Plot: Design and Intention in Narrative (English Edition) 作者:Brooks, Peter Knopf Amazon フロイトから引き出されるプロットのモデル 反復の役割 我々が『快感原則の彼岸』の読みから引き出すのは、中間物を迂回、遅れを課する強迫の…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 9

この局面を把握することは、ヴィーコがそれを言語発達の諸段階、つまり、神的、英雄的、人間的という著名な三段階として図式化したと読み取れるために困難であったし、いまでもそうである。ルソーはこの三段階を「歴史的」なものとして繰り返し、諸段階を力…

ブラッドリー『論理学』 16

第二章 判断の定言的仮言的形式 §1.前の章では、我々は判断の主要な特徴を簡単に記そうとした。この章は我々の結論を支え深めることとなろう。ここで扱われる問題は、部分的には、ヘルバルトによって提起されたよく知られた議論に出くわしたことのある者に…

よろずの紙反故 49

陰陽は転じて陽となるばかり 空蝉や稚児衆だけの養育場 行く年や来意を告げぬ大黒主 夏の午後雷雨の果ての薄明かり 日ノ出町膝を揃えて来迎し

一言一話 153

Reading for the Plot: Design and Intention in Narrative (English Edition) 作者:Brooks, Peter Knopf Amazon 正しい死に到るための物語 有機体は正当な仕方で死ぬために、正しい死を死ぬために生きなければならない。終わりに到達するためにはプロットの…