翻訳

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 13

十九世紀後半から二十世紀中盤にかけての実証主義が優勢な時期においては、マルクス主義の支配的な部分は、こうした事実上の還元を行なった。全般的に無視されていた言語理論において直接的にではなく、意識についての考察や、「イデオロギー」や「上部構造…

ブラッドリー『論理学』 20

§9.しかし、判断は、前の章で見たように、観念に限られるものでもなく、決してその総合に存するわけでもない。二つの観念が必要だというのはまったくの錯覚であり、二つ揃うまで判断を待つようでは我々は判断などまったくできなくなるだろう。繋辞が必要だ…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 12

本質を構成するものとしての言語の観念は、常に、こうした還元の危険にさらされている。しかしながらそれは、孤立した独創的な語が観念論に向かう方向においてのみではなく、客観的唯物論や実証主義においても、「世界」や「現実」や「社会現実」が、あらか…

ブラッドリー『論理学』 19

§7.しかしながら、この結論は容易に持ちこたえることができない。というのも、もし真理がそのようなものであったら、あらゆる真理は偽と大して変わらないものとなってしまうだろう。我々は定言的判断をそう簡単にあきらめることはできない、というのは、も…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 11

この言語の物象化の主要な理論的表現は、二十世紀に、客観主義的なデュルケム的社会学と密接な関係をもつソシュールの作品においてあらわれた。ソシュールにおいて、言語の社会的性質は安定しており、自律的で、規範的で同一の形式に基づいたある体系(ラン…

ブラッドリー『論理学』 18

§5.こうしたことが現実を構成するいくつかの点である。真理はその一つをももっていない。それは観念の世界に存在する。観念は、我々が見てきたように、単なるシンボルである。一般的であり形容詞的で、実体でも個的でもない。その本質は意味のなかにあり、…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 10

比較分析と分類に基づいたこの仕事は、その手続きにおいて、同時代の進化論的生物学に非常に近かった。それは学問的な調査がいっせいに行なわれた主要な時期の一つであり、経験に基づいて、進化論的発達や諸関係の図式を含んだ言語語族の主要な分類だけでな…

ブラッドリー『論理学』 17

§3.しかし、ヘルバルトは、後で見るように、そう簡単に片付けられはしない。彼は、判断が事物に関するものだという常識的な教義を無批判に受け入れ、事物とは言葉ではないという発見に驚き、繋辞の本性についての言語学的啓示と思われていたものにひれ伏し…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 9

この局面を把握することは、ヴィーコがそれを言語発達の諸段階、つまり、神的、英雄的、人間的という著名な三段階として図式化したと読み取れるために困難であったし、いまでもそうである。ルソーはこの三段階を「歴史的」なものとして繰り返し、諸段階を力…

ブラッドリー『論理学』 16

第二章 判断の定言的仮言的形式 §1.前の章では、我々は判断の主要な特徴を簡単に記そうとした。この章は我々の結論を支え深めることとなろう。ここで扱われる問題は、部分的には、ヘルバルトによって提起されたよく知られた議論に出くわしたことのある者に…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 8

だが、この基本的な仮定のもと、言語の使用について更なる探求を、個別の特殊な方法で企てることができる。現実を示す方法としての言語は論理学として研究される。現実へ接近する断片としての言語、特にものを書くときの決った形式は、その形式上の「外的な…

ブラッドリー『論理学』 15

[それは精神において扱われる最初の普遍に由来する。24-26] §24.英国では、「経験の哲学」の真理の伝統に忠実なあまり偏見が積み重ねられ、ほとんど事実に対する訴えかけが無効になっているのではないかと私は恐れる。しかし、私はいかに無益なこ…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 7

2.言語 言語の定義とは、常に、明示的にも暗黙のうちにも、世界における人間存在の定義である。主要なカテゴリーとして受け入れられているもの――「世界」、「現実」、「自然」、「人間」――は「言語」というカテゴリーと対置され、関係づけられるが、いまで…

ブラッドリー『論理学』 14

[もし連合説が正しいなら、判断は決してあらわれることができない。23] §23.我々が述べてきたことは、心理学的な移行を順を追って述べることではなく、諸段階と諸機能の違いを明らかにすることだった。最後に、我々は致命的ともなる誤りを未然に防ぐ…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 6

しかし、この達成のなかにも難点がある。本質的なものとして社会的過程を強調することは、進歩的単線的な発達と関連する、根強く残っている合理主義の一種、社会の「科学的法則」を発見しようとする傾向の一変種だと性質づけられる。それは本質的な部分を弱…

ブラッドリー『論理学』 13

[判断の始まりに必要とされる条件。21-22] §21.観念が知識の対象となり、真と偽が判断に入り込んでいく過程を段階をおって詳細に述べることは困難であろう。この困難さの他に、常に生じる事実に関わる問題がある。ある発達の段階があるとき、判断…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 5

最初の実質的な問題は「文明」に向かう姿勢である。ここにマルクス主義の決定的な介入があって、「市民社会」と「文明」という語に含まれるものは、特殊歴史的な形で、つまり、資本主義的生産様式によってつくりだされたブルジョア社会として分析されるべき…

ブラッドリー『論理学』 12

[なぜなら、最初は精神は観念を持たない。19-20] §19.私は魂のより低次の形式、あるいはなんらかの形式が単純な感覚の把持だけに制限されていると言おうとしているのではない。魂が与えられたものになにもつけ加えず観念化もしない受動的な容器だ…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 4

実践においては常に二つの発達の間にある種の関係がもたれているが、その強調点は非常に異なっている。この第二の意味の始まりには、「文明」という語がもつ、ある種の完成された状態と発達の完成された状態という両義性がかかわっている。この完成された状…

ブラッドリー『論理学』 11

[判断の発達。それは遅くなってからの産物である。18] III.§18.我々は判断について予備的な考察をし、いくつかの誤った考え方を取り除こうと努めた。ここでは三番目の仕事として、この機能の発達について述べなければならない。既に明らかにした…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 3

「文明」と「文化」(特に初期において共通する「耕作」という形では)は結局十八世紀後半までは交換可能な言葉だった。両者は共に、完成された国家と発達の完成型である国家という問題のある二重の意味を伝えた。結果として生じた分岐にはいくつかの原因が…

ブラッドリー『論理学』 10

[これまでも間違いに含まれていた真実。17] §17.我々はこうして前述の教義の間違いを見てきた。それらがもつ主要な真実を考えるのはより喜ばしい仕事である。(i)§13で我々が批判し始めた見解は、主語、述語、賓辞の誤りを避けている。その見解は…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 2

広範囲にわたる歴史的発達の文脈においてみると、「文化」という概念は、限定的な他のあらゆる概念に対して強い圧力を及ぼしている。それが常にこの概念の利点である。また、定義と理解双方において常に困難の源ともなっている。十八世紀までは、それはまだ…

ブラッドリー『論理学』 9

[単なる接合でも観念の等式でもない。16] §16.(ii)ここで最初の誤りを終え、次の誤りのグループを考えることとしよう。それらは共通の欠点、判断においては一組の観念があるという誤った考えに苦しんでいる。我々はこの錯覚を§11で扱い、以下の…

レイモンド・ウィリアムズ『マルクス主義と文学』 1

【これも多分三分の一くらい。】 I.基礎概念 1.文化 現代の思考と実践の主要な領域のちょうど中心にあるものとして常に記されているのは「文化」という概念であり、様々な変化と複雑化を経ることで、論点としてだけでなくその発達を通じて直面してきた諸…

ブラッドリー『論理学』 8

[実践的推論でもない。15] §15.長らく生気を失っていたが、頑強に場所を塞いでいた教義を反駁することから代わって、最新の誤り、判断と実践的な信念との混同について考えることにする。私はいかなる心的な活動がどれだけベイン教授の理論と整合性を…

C・S・パース「科学の論理について」 10

この不完全なデータについての考察は、根本的な観察へと我々を導く。つまり、いかに我々は帰納をなし得るかという問題は、いかに我々は根拠をもって一般的な言明をなし得るかという問題とまったく同じものである。というのも、そうした言明は帰納によるかあ…

ブラッドリー『論理学』 7

[間違った考え方の批判。判断は「連合」ではない。13-14] II.§13.判断についての誤った理論は自然に二つの種類に分けられ、一つは主語、述語、繋辞に対する迷信によって理論が損われるもので、他方は別の欠点による。二番目のものを最初に取り上…

C・S・パース「科学の論理について」 9

この例では、草食動物はもっとも広がりがあるあるいは大前提であり、牛と鹿は小前提であり、蹄の分かれたは中前提であって、アリストテレスの定義を例示する助けとなろう。そして、我々の帰納的推論は、述語としてある大前提から中前提を通じて小前提を論じ…

ブラッドリー『論理学』 6

[誤りの反駁。11-12] §11.こうした判断の記述において、我々が同時に気がつく二つの点がある。読者は、我々が<一つの>観念、あるいは観念内容をもつ判断について語り、主語と繋辞についてはなんの言及もしていないことを認めるだろう。一方、も…