翻訳

ケネス・バーク『動機の修辞学』 31

.. 唯名論的隠匿(クロムウェルの動機に関して) マルクス主義のイデオロギー分析は、文学的美学的な過去の遺物のなかで、ただ「諸観念」だけが生き残るという事実によってある意味誤った方向に導かれ得るのではないだろうか。名誉、忠誠、自由、平等、同胞…

ブラッドリー『仮象と実在』 152

第二十三章 身体と魂 [それらは現象であり、反論に対してなんの根拠も与えるものではない。] この章の問題については、我々は希望のない難題に達するように思える。身体と魂との関係は、経験が示すように思えるある問題を提示するが、それは事実上解決されう…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 30

.. マルクスの「神秘化」 中世初期の修辞学理論を論じた箇所で(『スペキュラム』1942年1月)、リチャード・マッケオンは書いている。「カッシオドルスによれば、『修辞の技芸とは、世俗的な言葉の精通者が教えるものであり、市民社会の問題をうまく語る学で…

ブラッドリー『仮象と実在』 151

[自然が偶然的であるのはいかなる意味においてか。] 自然についての他の問題は後に取り組むことになるので、ここでこの章を閉じることにしよう。我々は自然自体は実在をもたないことを見いだした。それは絶対の内部での現象という形でしか存在しない。感情…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 29

.. .. ベンサムの修辞的分析 説得の研究についてのベンサムの偉大な貢献は、そのほとんどが彼自身の意図に反してなされた。形象の暗示を真に越えることのできる議論の方法を奨励しようとして、彼はいかに我々の思考が形象に支配されているかをあらわにした。…

ブラッドリー『仮象と実在』 150

[その整合性。] 次に整合性と呼ばれている問題に移ろう。この問題はほぼ一瞬で捨て去ることができよう。というのも、ある部分、それには形而上学に必要なものはないからであり、またある部分、後の章で扱わねばならないからである。しかし、整合性がどう理…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 28

.. イメージと観念 イメージを強調することは、観念に反対することを含んでいる。エドモンド・バークは、間違いなく、観念とイメージを相互に補完するものとして扱いたがり、彼の処方によれば、重要な言明はすべて考えとイメージと感情を持っているべきであ…

ブラッドリー『仮象と実在』 149

[自然の無限性。] 自然が融合する絶対においてを除けば、全自然が統一性をもつと主張する権利がないことを我々は見てきた。それでは、説明を必要とするいくつかの点についていくつかつけ加えよう。たとえば、我々は自然は有限か無限か問われるかもしれない…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 27

.. 想像力 恐らく、一種の<知>としての想像力の理論は、詩的思考と科学的思考とが重なり合う領域において最上の働きをするので、説得手段としての「想像力」への関心は近代になるまで十分な開花を見るに至らなかった。また、古典的修辞学におけるそうした…

ブラッドリー『仮象と実在』 148

[固性。288-290] かくして、我々は各々空間的な諸関係において独立した、数多くの物理的体系をもつことができる。そして、我々はこの点からもうひとつの関心に進むことができる。そうした多様な物質の諸世界は、ある程度互いに働きかけ、影響しあうことが…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 26

.. 大きな修辞形式 より大きな説得の形式もあって、聴衆の善意を守ろうという前置きから始まり、次に自分の立場を述べ、そして議論になっているところを指摘し、十分に自分の見解を述べ、反対者の主張を退け、最後の締めくくりには、反対者の論点は無視して…

ブラッドリー『仮象と実在』 147

[自然の統一性。] 拡がりのある世界はひとつのものなのだろうか、もしそうなら、どのような意味でか。第十八章で我々は時間の統一性を論じたが、そこで達した結論を思い起しておく必要がある。我々はすべての時間は絶対のなかで統一するが、この統一自体が…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 25

. 形式的訴えかけ いかに同一化の原則を含んでいるかを示そうと、形式的な訴えかけについて先に言及した.ときには、その普遍的性格から、修辞学から詩学への移行が容易になされた。かくして、効用というより、文学的評価の観点から偏向的な弁舌をも考察し、…

ブラッドリー『仮象と実在』 146

[物理学の立場。] さて、我々が幾度が触れてきた問題を考えることにしよう。実在には、単なる物理的自然がありえないことを我々は見てきた。物理学の世界は独立したものではなく、全体的経験の一要素に過ぎない。そして、有限な諸魂を離れては、この物理世…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 24

.. 修辞的動機の他の形態 修辞の普遍性を主張している箇所において(『弁論家について』の第一巻)、キケロは正しい行動と正しい言葉が一つと考えられていた幾分神話的な段階から始めている(アキレスの訓練を書いたホメロスが引用される)。次に彼が遺憾を…

ブラッドリー『仮象と実在』 145

[自然の同一性。281-283] 先に進む前に、ひとつの反論を扱っておこう。「あなたの見解によると」と言われるかもしれない、「結局のところ、現実にはまったく自然は存在しないことになる。というのも、自然はひとつの実質のある存在であり、そのイメージは…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 23

.. 同一化 ソクラテスを引用して、『弁論術』のなかでアリストテレスは、「アテナイ人のなかでアテナイ人を褒め称えるのは困難なことではない」と言っている。彼は、聴衆が一般的に美徳だと考えているものの目録をつくる。公正である、勇気がある、自制心が…

ブラッドリー『仮象と実在』 144

[これらの疑問は重要ではない。280,281] 非有機的な自然は恐らく存在しないことを我々は見てきた。可能ではあろうが、現実にあるかどうか言うことはできない。しかし、あらゆる限定された諸主体からこぼれ落ちる自然に関していえば、我々の結論は異なって…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 22

修辞の伝統的原理 .. 説得 「説得を目的とした発言」(dicere ad persuadendum accommodate)。これがキケロの対話篇『弁論家について』で修辞(またその同義語である「雄弁」)に与えられた基本的定義である。キケロの代弁者であるクラッススは、当然のよう…

ブラッドリー『仮象と実在』 143

[それらはすべて有限な魂との関係であろうか。273-280] 我々は、経験を越えてはなにものも存在できず、それゆえ、自然のどの部分も絶対の完全性の外部には出られないことを見てきた。しかし、経験の必然性についての疑問は、少々異なった意味でも提示され…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 21

.. 修辞の現実主義的働き 進むにつれて勇気を得た我々は、修辞学に人類学を導入するよう提案するよりは、人類学者が自らの領域に修辞学の要素があることを認めたのだとさえ主張できるようになった。つまり、こうした議論から最近の原始魔術についての研究を…

ブラッドリー『仮象と実在』 142

[自然には非有機的な部分があるだろうか。] 逸脱から戻ることにしよう。我々は自然が拡がりをもつものと考え、単なる自然は実在ではないことを見た。次に付随する質問に移ることにし、その第一は非有機的と呼ばれる世界についてである。事実、非有機的な自…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 20

. 修辞と原始魔法 カーディナーの引用は「ナヴァホ族の魔法」についてのC・クルックホーンの論文からとられていて、魔法を修辞学の範囲にもたらすような観察が含まれている。実際、魔法がその背後にもつ個人的な富、権力、復讐へと向かう動機は、<部族的な…

ブラッドリー『仮象と実在』 141

[すべての自然は拡がりであろうか。267-269] しかし、先に進む前に、いくつか興味のある点を扱おう。これまで我々は物理的世界を延長として取り扱ってきたが、そうした仮定は正当化されるのかどうかという疑いが生じるかもしれない。拡がりは自然には本質…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 19

.. 修辞の「行き先」(個人の魂) 我々の整理によると、唯一無二の個人は象徴の範囲に収まる。しかし、だからといって、いわゆる「個人心理学」にもそれが当てはまると考えるべきではない。特に、フロイトの神経症患者に対する関心には、修辞的な要素が強く…

ブラッドリー『仮象と実在』 140

...[それはある現象の諸条件の単なる体系であり、相矛盾する抽象物である。] このことによって、我々には避けられぬ結論がもたらされる。(1)物理世界は一つのあらわれである。それは徹頭徹尾現象である。それは二つの未知のものによる関係であり、未知のも…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 18

.. 率直な同一化と狡猾な同一化 自己欺瞞という考えは、また別の可能性の領野をもたらす。同一化を通じ、修辞的動機が、行為者の意識的な方向づけなしに働きうるような広い領域が存在する。古典的な修辞学は、修辞の明らかな企図を強調した。しかし、修辞学…

ブラッドリー『仮象と実在』 139

...[その本質には二律背反が存在する。それは未知のものと未知のものとの関係である。] 二律背反の形でそれを述べることができる。(a)自然は私の身体にとってのみ存在する。しかしまた、他方において、(b)私の身体は自然にとってのみ存在する。 (a…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 17

.. 科学の二重の可能性 しかし、ここはいくら注意してもしすぎることはない。宗教、政治、経済は、周知のように面倒な問題であり、今日の多くの人間にとって、応用科学の崇拝はそれらを一つにまとめる原動力となっている。このことを明らかにするのは痛みを…

ブラッドリー『仮象と実在』 138

.. 第二十二章 自然 ...[自然――その我々にとっての意味と起源。] 自然という語は、もちろん、一つ以上の意味がある。私はここでは、物理的な世界というだけの意味で、純粋な物理学の対象であり、精神の外側にあらわれるものとしてこの語を用いるだろう。心…