4行詩25編

アキレスと亀

 

エレアのゼノンのおかげで

亀は意外に早く動けることがわかった

(なぜならアキレスは亀に追いつかないのだから)

だが、いかんせん、世界の歯車がかみあわないようだ

 

 

白熊

 

軍隊に冷蔵庫はいらない

と甘粕大尉はおっしゃったが

白熊をどこに置きますかと問うと

大陸の凍土の裂け目とは言いかねた

 

 

変性

 

シュレーバー控訴院長が女になる

手袋の裏は手袋

下半身は上出来だが

上半身がなじまない

 

 

四つ目屋

 

ゴシック風の扉を開け

ロマネスクの柱廊を抜け

ヴィクトリア朝の本を開くと

金泥で描かれた枕絵が一枚

 

 

鍵盤と海

 

鍵盤に慣れた彼女は

両腕を交叉させ

どこまでも続く黒鍵を追いかけて

海峡沿いの標識を見る

 

 

猫の時空

 

互いをモデルにする画家の夫と妻の小説家

その間に割り込む

猫という二人と一匹の三角関係の話を書いていたら

空間が削り節のようにはらはらと落ちた

 

 

 

山椒

 

山椒のすりこぎは

杖のように長いが

アステアが華麗にステップを踏んでも

ほろ苦い残像が残るだけ

 

 

 

嘘つき

 

嘘つき村の村長さんが

私は嘘つきだと言った

ところが彼には羞恥心がないものだから

それが本当か嘘かわからない

 

 

犬の夢

 

自分の尻尾を追う犬が

自然のコンパスだとするなら

風は渦巻いて台風となり

世界を夢見る原型となる

 

 

闇の奥

 

花見で余興をしようとするよったりが

大川近くの三囲神社に集まる

組んずほぐれつ柔軟体操

海坊主となって川をさかのぼる

 

 

騎士道ロマンス

 

チェスの名人カパブランカ

モノクロの世界に住む

ナイトが取られたとき空間は粒子に満ちて

女の膝にぬられたヨードチンキの色を知る

 

 

人生の日曜日

 

日の光と草いきれが充満した

完璧な夏の日は

かつてどこかでくりかえし経験されたので

現実だけが滑り落ちていく

 

 

雲の肖像

 

寒いのでセーターを着て

ほつれた毛糸を巻き取っていくと

身体までほどけて

残ったのは黒ずんだ雪が降りそうな雲

 

 

狂った果実

 

愛情を確かめるためには

出産には立ち会うべきだと言われて

長時間にわたる難産を見守っていると

臍の尾の先には柿のへたと熟し切ったたわわな実

 

 

魔神の領域

 

アラビアの魔神は土耳古玉がちりばめられた

ランプのなかに閉じ込められた

アラジンは魔神を解放するが

金魚鉢のなかで金魚は運命を吸収する

 

 

 

夏子の冒険

 

夏に生れたから夏子と名づけられた娘は

音痴だけれど歌が大好き

朝から晩まで歌うのは

清十郎塚は今日も雨降り

 

 

 

存在の脱皮

 

金だらいにいっぱいの水を張り

ザリガニを入れる

水がザリガニの形状をうつしとり

ザリガニの形相が這いでてくる

 

 

 

哲学者の晩年

 

ケーニヒスブルクの街路では

時計のかわりに哲学者が歩いている

理性が長針ならば判断力は短針で

倫理はみなを覚醒させる目覚まし装置

 

 

 

新春大歌舞伎

 

蛤から真珠を拾いだすこともあるわ

キャバクラ嬢の妙な慰めを受けた

気が大きくなった私は歪んだ真珠を見つけたもので

婆娑羅めいた姿で見得を切る

 

 

 

午後の背徳

 

禁断の恋を味わうときには

陰陽の力が極度に高まる

ロンドンの下宿の窓には

阿片を吸いながら悪を定義するホームズの姿がある

 

 

 

箱の話

 

世界はあらゆる禁止が詰められた箱なのだ

ここにある革のトランクは

果たしていくつめの箱なのか

開けるには高次元方程式の展開が必要だ

 

 

 

河童と整体

 

河童相伝のマッサージ店で痛む腰をもんでもらう

ぬめったてのひらはひんやりして

ゼラチンに溺れて快楽と苦痛の区別がつかなくなり

皿から流れ落ちる音がぼそぼそと音を立てる

 

 

 

禿山の一夜

 

自宅からほぼ等距離に教会と寺と神社がある

庭園にはプラトン的立体が

にょきにょきと生え

我々が禿山で過ごす夜が来ようとは思わなかった

 

 

 

コロンブスの卵

 

コロンブスの卵のたとえ話を

納得するものはほとんどいまい

なぜならそれはすでに卵ではなく

卵という理念が崩壊した姿だから

 

 

故郷

 

インド行きの船にのって港に着くころには

船倉の象の鼻は伸びきっており

ガンジス川ならともかくインド洋の広さがあっては

母国に巻き戻ることはかなわない