バギーとタイプライターーースタンリー・キューブリック『シャイニング』(1980年)
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原作、スティーヴン・キング 脚本、スタンリー・キューブリック、ダイアン・ジョンソン 撮影、ジョン・オルコット
原作者のスティーヴン・キングが、スタンリー・キューブリックの撮った『シャイニング』について大いに不満を抱いていたことはよく知られている。余程腹に据えかねていたのか、二十年近くもたった後、TV用のドラマではあるが、自ら製作と脚本を担当し、いわば原作者のお墨付きを与えている。
もっとも、キングの不満は、原作者にありがちなひとりよがりとだけ言ってすまされるほど根拠の薄弱なものではない。キング版の『シャイニング』の魅力は、最良のキングが常にそうであるように、恐怖のクレッシェンドにある。
雪によって交通が遮断された山奥のホテルに管理人として両親と幼い男の子が一冬を過ごすことになる。この閉ざされた環境において、怪奇現象と、それをますます鮮明に感じ取ってしまう子供の超能力、そして父親の狂気への傾斜が渾然一体となり、最終的な破滅に向けて、圧力鍋のなかのように徐々に圧が高まっていく。
ところが、キューブリック版の『シャイニング』でもっとも印象に残る場面がなにかといえば、エレベーターから溢れだす血の奔流であり、二人列んで正面を見つめる双子の女の子であり、赤で統一されたトイレに見られるような色彩設計であり、とりわけ、ステディカムによって撮影された廊下を進む三輪車(といってはちゃちなものを思い浮かべてしまうが、実際は小さなバギーのようなもの)に代表される移動撮影、つまりはキングのあずかり知らぬ部分なのである。
キューブリックは四十回、五十回とリテークするのも珍しくなかったというが、それは各場面ごとに最高の強度を求め、たかまりゆくサスペンスのことなどなんら考えていなかったことを示している。
そもそもキングは、正常な状態と狂気とのコントラストを示すためにも、最初から異様な雰囲気を漂わせているジャック・ニコルソン(同じことは、始めからどことなく不安定な印象を与える妻役のシェリー・デュバルにも言えるのだが)を外してジョン・ボイドにするよう頼んだらしい。
結局のところ、キューブリックが一読後非常な興奮をおぼえ、すぐに映画化権を獲得するよう秘書に命じたという『シャイニング』の感動は、描かれる個々の出来事の内容とそれによってもたらされる結果に寄せられたのではなく、何気ない描写の積みかさねや繰り返しが持続されることによって、それが別の意味に変わってしまうというキングの手法にこそあったのだと考えられる。
そこで生じてくる意味を恐怖に接続しうるというのがキングの発見だったわけだが、他方、車窓から移りゆく風景を映すロードムービーの移動ではなく、ホテルの通路を走るバギーの場面に見られるように、同じ対象を捉えながら揺れながら持続する移動撮影が、対象の固定では同じであってもクローズアップとはまた異なり、タイプライターに打たれた大量の原稿が別の意味を生みだすというのがキューブリックの発見だったわけである。