怪談噺の落語化――三遊亭圓生『お化け長屋』

 

NHK落語名人選(86) 六代目 三遊亭円生 お化け長屋・紀州

NHK落語名人選(86) 六代目 三遊亭円生 お化け長屋・紀州

 

  六代目三遊亭圓生の『お化け長屋』をはじめて聞いたときには、落語にはよくあることだが、同名の別の噺なのかと思った。マクラが他の演者とまったく異なっていたからである。普通は題名にあらわれているように、昔はいまと違って長屋というものがあり、と長屋のエピソードが語られる。

 

 ところが圓生の場合、落語や講談の怪談噺の演出のことが語られるので、それこそ怪談か芝居噺でも語られるかと思ってしまったのだ。しかし、考えてみれば、圓生のマクラも見当外れとは言えない。というのも、『お化け長屋』は怪談が一方では成功し、他方では失敗する噺だからである。


 ある長屋に一軒の空き家があり、住人たちはそれを物置代わりに使って重宝していた。それを知った大家はカンカンになり、部屋を綺麗に片づけ後の者が入れるよう申し渡す。長屋の連中は便利な場所を手放したくない。自分に任せておけというので、借りにきた者たちはすべて、長屋で一番の古手である杢兵衛さんにまわされることになる。杢兵衛さんは、貸してもいいが敷金や家賃を取るわけにはいかない、その訳はこうだ、と思い入れたっぷりに因縁を語る。この部屋にはかつて後家さんが住んでいたこと、ある晩強盗に入られ、ひょんなきっかけから刺し殺されてしまったこと、それ以来幽霊が出ること。


 最初にきたのはおとなしそうな人物で、最初から怖がっており、濡れ雑巾を顔に押しつけると財布を放りだして逃げだしてしまう。ところが次にきたのがやけに威勢のいい男で、幽霊結構、後家だっていうなら抱いて寝てやらあ、荷物を持ってくるから掃除を頼むと言い置いて、さっきの男の財布まで持って行ってしまう。


 ほとんどの落語家はここで切るのだが、続きがあって、敷金も家賃もいらないなどといってしまったものだから、どうしても追い出そうということになって、ひとりでに仏壇の鉦が鳴ったり、障子が開いたりするいたずらを仕掛ける。

 

 男は親分のところに逃げ込み、今度は親分が乗り込んでくるが、その威勢のよさが男以上であったから大入道に化けた三人のうち二人は逃げてしまい、残されたのが頭を受けもつ按摩さん、按摩だけを残してずらかるとは足腰のない奴らだ、はい、足と腰はさっき逃げてしまいました。


 この後半の部分があると、親分のところに逃げ込んだ男は、はなから幽霊などいない、あるいはいたところでなにか具体的に邪魔になることがないならいいと気にとめていないわけではなく、その前のおとなしい男と同じように怖いのだが、『強情灸』のように意地を張って怖くないふりをしていることになる。

 

 そうだとすると、この男が杢兵衛さんの話を聞いている間に幾度となく差しはさむ茶々は観客を本気で怖がらせようとしている怪談噺に対する落語からの茶々そのままになっている。怪談噺の因縁は捨象されて、生活が支配する場に変化させられる。障子がひとりでに開くのは便利であるし、吉原にも行かないのに女がいてくれるのは儲けものなのだ。恐怖さえなければそこにあるのは生活だけで、敷金も家賃もないうえに便利なおまけまでついてくることになる。