残影の庭
私は観覧車に乗っていた。壁には砂漠の薔薇が描かれている。
私は電車に乗った。車窓のなかを巨大な鉄塔が通り過ぎていった。むきだしの骨組みをあらわにした燈籠が、放射した鉄の先に吊されている。燈籠にあいた窓以外の場所には蔦が絡まり、幾本も寄りあわされた蔦が、観覧車を上空に引き上げているようだ。
私は蔦を這い上がる蟻にまたがった。触覚が指が廻りきらないほど太く、油が塗られたようにぬるぬるしていて、振り落とされないためには一番細い体節の部分を太股でぎゅっと締め、後ろに手をまわして、ぷっくりと膨らんだ腹の部分に手をついて、身体を支えねばならなかった。
私は船に乗っていた。岸辺伝いに進む定期船に過ぎなかったが、船に乗るやいなや、波が漣となって脚を伝わり、船に乗るといつでも、船酔いとはまるで異なる土から突き放されたかのような実存的な酔いに襲われるのを思いだして、うっかり乗り込んだことを後悔することになる。マストには酸漿の旗が翻り、潮に濡れた酸漿は皮が破れて実をのぞかせている。肉を伝わる漣が筋肉をほぐし、視野と聴覚を細かく揺らし、存在の揺らぎにいたる。高架線が波に上下し、放射状に広がった巨大な糸巻きが重力を巻き取っている。
私はカモメに乗った。風の層で褶曲した風の坂をのぼり、カモメは雛のときの記憶を呼び起こすように羽毛を逆立てた。ついばんだ酸漿の穴がくちばしの奧に空ろな眼を開ける。
私は飛行機に乗るであろう。青い空と雲を斜めに横切る翼が見える。身体が風をはらみ、垂直翼から伸びる糸が調律師の手によって強く張られる。
私は駱駝に乗ったであろう。砂漠はセロフィンに染まり、その向こう側には燈籠のなかで女が糸を吐きだし繭づくりに専念している。
私は卵形の世界に降り積もる雪になった。