世界劇場 2 ヴェルディ『椿姫』

 

Verdi Edition: 12 Great Operas [DVD] [Import]

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  • 出版社/メーカー: Opus Arte
  • 発売日: 2013/04/29
  • メディア: DVD
 

 

 

椿姫 (新潮文庫)

椿姫 (新潮文庫)

  • 作者:デュマ・フィス
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1950/12/06
  • メディア: 文庫
 

 

演出:リチャード・アイル

指揮:アントニオ・パッパーノ

ヴィオレッタ:ルネ・フレミング

アルフレード:ジョセフ・カレーヤ

ジョルジュ:トマス・ハンプトン

コヴェント・ガーデン王立歌劇場

 

 デュマ・フィスの『椿姫』を数十年前に読んだ。新潮文庫で、現在のものとは違うクリーム色の装丁もはっきりおぼえている。しかし、恋愛ものが苦手な私がこの種の本に手をだすにはなんらかの理由があったはずである。その理由がまったく思い出せない。内容もほとんどおぼえていなくて、悲恋に終わることくらいしか記憶にない。

 

 しかしまた、『椿姫』は舞台で見たこともある。1990年代だったと思うが、第三エロチカを退団した深浦加奈子が演出の松本修と組んで、MODEというユニットを組む前だったか後だったか、たしかMODEというユニット名がつく前にも何本か松本修と深浦加奈子は数回公演をしたように記憶しているのだが、とにかく『椿姫』を公演した。『椿姫』という題をそのまま使っていたかははなはだ疑問である。場所は青山円形劇場で、オペラでいえば、ヴィオレッタ役の深浦加奈子が、アルフレードを拒絶するときのまっすぐに伸びた腕と、松本修演出では当時かならずあったスキップで歩くといえばなんとなくわかってもらえるであろうアクセントのついた歩きが演目中、あるいは演目後の役者たちが舞台に集まるときなど必ずどこかに配されていて、このときは演目後であったはずで、鮮明におぼえている。調べればあるいはより正確なことがわかるのだろうが、こうした個人的な記憶については調べたくない。それに若くして亡くなってしまった深浦加奈子のことを思うと悲しくなる。

 

 マリア・カラスのCDでも『椿姫』は幾度か聞いた。だが、「世界劇場1」でも書いたように、映像をまったく見たことがないままに聞いているだけだったので、ほとんど器楽としての声を楽しんでいるだけだった。

 

 物語は単純で、快楽主義的で、自らのコケットリーを武器にして社交界の男どもを手玉にとって過ごしているヴィオレッタが田舎から出てきたアルフレードの求愛によって、はじめて心からの愛を知る。(ここまで第一幕)二人で暮らすようになったが、そこでアルフレードの父親のジョルジュがあらわれ、息子もヴィオレッタに対しては単なる遊び相手だと思い込み、老いた自分の身、家族のことなどを話して、息子を返してほしいと願う。拒みかねて、ヴィオレッタはアルフレートのもとを去る。捨てられたと思ったアルフレートは、怒りに耐えかねて、さる社交の場で、公衆の面前で彼女を侮辱する言動をとってしまう。(第二幕)かねてから兆候のあった病気が悪化したヴィオレッタは、孤独のうちに死を迎えている。いよいよ重篤になり、あと数時間の命だと宣告されたとき、誤解を解いたアルフレートとジョルジュが登場し、ヴィオレッタとアルフレートは互いの愛を確認し合い、ヴィオレッタは愛の絶頂のうちに息を引き取る。(第三幕)

 

 いかにも甘いセンチメンタルな話なのだが、『トスカ』と同じく、傑作と呼ぶにふさわしい。ヴィオレッタを演じたルネ・フレミングは、インタビューのなかで、ずっとやりたかった役だが、この役を演じきるには年齢を重ねることが重要だったと述べている。実際、ヴィオレッタとは、社交界で何年も過ごすことによって、コケットリーが生の様式にまでなっている女性であり、それゆえアルフレートの父親の疑念も、だまされたというアルフレートの怒りも、観客の我々に共有できるものとなり、愛の喜びも怒りも我々の感情に隙間なく注ぎ込まれる。そして、もっとも感動的なのは、死を目前に愛を再確認したヴィオレッタにおいても、コケティッシュな魅力が少しも衰えないことにある。