世界劇場 4 ワグナー『さまよえるオランダ人』

 

Wagner Edition/ [DVD] [Import]

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  • アーティスト:Wagner
  • 発売日: 2012/10/29
  • メディア: DVD
 

 

指揮者:ハルトムート・へンヒェン

舞台監督:マーティン・クセイ

オランダ人:ユハ・ウーシタロ

ゼンタ:キャサリン・ネージェルスタッド

ダーラント:ロバート・ロイド

エリック:マルコ・ジェンツェ

マリー:マリナ・プルデンスカヤ

ネーデルランド交響楽団

2010年2月 アムステルダム音楽劇場

 

 モーツァルトの『皇帝ティートの慈悲』をふくめた6本のオペラを見たが(OPUS ARTEが発売しているMOZART The Great Operas)、音楽そのものはさることながら、その「現代的な」演出には総じてがっかりしてしまった。以前書いた『フィガロの結婚』は別として、特に楽しみにしていた『ドン・ジョバンニ』など、騎士のいない平坦な現代社会に置き換えてみても新たな意味が生まれてくるとも思えなかった。表面上でも貞淑さ、身分に見合った体面というものがあり、およそそうしたことを気にかけないエロスの化身であり、明朗な快楽主義者であるドン・ジョヴァンニが神的なものへの恐れも知らず、石像の騎士を宴に招いたことによって受けるしっぺ返しが、今風の紳士では、単に因果応報的な話に矮小化されてしまう。

 

 『魔笛』は古拙な影絵を使ったり、フリーメイソンのシンボルを用いて工夫はされていたが、現代的な装置のなかでは夜の女王や大蛇を殺すその三人の侍女たちがちっともそれらしく見えない。もっとも『魔笛』については、話自体が荒唐無稽といえば荒唐無稽であり、難しくもあるので、いくつものヴァージョンを見なければ、どういった方向性が自分にとって好みなのかさえ多分わからないだろう。

 

 ところが、ワグナーを見ると、現代的な演出がまったく気にならなかった。おそらくワグナー自身が骨の髄から「近代人」であり、ある意味我々と地続きの場所で創作していたためであろう。スパンコールのドレスを身にまとった女性が出てこようが、オレンジ色の髪が混じるモブシーンがあろうが、北欧製の家具が出てこようが、ハイレグ姿の女性が寝そべっていようが、本質的な部分はまったく損なわれていないように思われた。

 

 そもそもこの作品は、ノルウェーを想定して書かれたらしいが、この演出では地中海のリゾート地が舞台とされているようだ。ダーラント船長は、嵐を避けて入り江に船を停泊させていたがそこに幽霊船が入港し、船長のオランダ人が現われる。彼は神を呪った罪で永遠に海上をさまようさまよう運命にある。七年に一度だけ上陸を許され、女性の真の愛を捧げられたとき呪いが解かれるという。ダーラント船長と会ったオランダ人は、彼に娘があることを知ると、財宝を見せて、求婚し、承諾を得る。

 

 この演出では、空港を思わせる舞台中央をガラスで仕切られた空間に、ダーラントの船の乗組員が濡れそぼった旅客の姿であらわれ、オランダ人は黒のモノトーンの衣装で区別される。財宝はより直截的に紙幣の束である。

 

 一方、ダーラント家では、華美に着飾った、あるいは放恣に寝そべった水着姿の女性たちが入りまじっており、これもまた黒のモノトーンで統一されたダーラントの娘、ゼンタだけが孤立している。本来は乳母であるマリーは、ここでは先頭を切って一番派手な格好をしており、さまよえるオランダ人をモチーフにした絵に見入っているゼンタを気遣うというよりは、挑発しあざ笑っているかのようである。

 

 オランダ人とゼンタは一度瞳を交わすや恋に落ち、二人は愛を誓い合う。しかし、ゼンタには彼女のことを愛している猟師のエリックがおり、エリックがゼンタに自分の愛に応えてくれるよう頼むのを物陰で聞いていたオランダ人は、幽霊船で再び海へ、ゼンタはオランダ人への永遠の愛を誓って海に身を投げるが、幽霊船は砕け散って、二人が昇天する、というのが本来の筋らしいが、ここでも大胆な解釈がなされており、二人の愛の交歓を見たエリックが猟銃で二人を撃ち殺すことによって幕が下ろされるのである。

 

 実際に昇天する二人の演出がどのようになされてきたのか、この作品を見るのがはじめての私には知りようもないが、文字通りに昇天するのであれば、蛇足でしかないだろう。なぜなら、二人がはじめて出会ったときから不滅の愛は既に作動しはじめており、オランダ人の「あなたは私にとって死ぬまで真実である女」だという歌の一節によって、見事な言葉として結実しているからである。