電気石板日録 5 袖付けに涙をこぼし見る月はアリスが泳ぐ豊饒の海

 

 

 

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)

吉野葛・蘆刈 (岩波文庫 緑 55-3)

 

 

 

 

 今週はアート・アンサンブル・オブ・シカゴの関連で、レスター・ボウイロスコー・ミッチェルジャック・ディジョネットなどを聞く。フリー以後のジャズのなかには、セシル・テイラーに典型的なように、ある種のエネルギー崇拝、空間恐怖ともいえるだろうが、常に新たな音楽の枝を茂らせていくタイプのものと、あたかもそのときにおいて正確な音があるかのように、沈黙のなかでそうした音を探ろうとする演奏者がいるが、案外アート・アンサンブル・オブ・シカゴは後者で、どちらかといえば私は音に身をゆだねていることで、思ってもみなかった場所に連れて行ってくれる前者のほうが好みである。
 
 そんなわけで、ちょっと逆戻りして、ジャッキー・マクリーンエリック・ドルフィーを聞く。
 
 近代的意識を音楽のなかにはじめてもちこみ、いわゆる制度化された音楽のなかで、音とは関係のないものをすべてはぎ取り、音そのものを提示しようとした、という遠山一行の批評に仰天して、サンソン・フランソワショパンを聞くが、そこまで実感はできなかった。不満なのは、練習曲やマズルカがひとまとまりになっておらず、ばらばらなこと。
 
 ブルーノ・ワルターのワグナー、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲、ベートーベンの交響曲にまでいって、第四、第六とそれほど好きなものではなかったが、おちついた。フランチェスカッティカサドシュでの、ベートーベンヴァイオリン・ソナタはさすがに風格を感じる。
 
 アイスキュロスのオレステイア三部作のなかから、『供犠する女たち』『恵みの女神たち』谷崎潤一郎蘆刈』『春琴抄それに大正期の批評を少し読む。最近谷崎特有の脂っこさが、特に関西に移住してからのものが、少々胃にこたえるようになってきた。その他ミンガスに関する本などを少々読んだ。
 
 『ロッキー』のシリーズなど一作も見たことがなかったのだが、ティーブン・ケイプルJr『グリード 炎の宿敵』(2018年)みたら、『グリード』も二作目なのではないか。これほど見知らぬ状況に投げ込まれると、さすがに盛り上がれない。スタローンはめぐり合わせが悪く、『ランボー』も3しかみていないし、好きな映画として浮かぶものがあるませぬ。
 
 トーマス・ヴィンテルゾーン『ホームレス ニューヨークと寝た男』(2017年)ファッション雑誌にときどき写真が載ったり、映画のエキストラ役を細々と続けながら、ニューヨークのアパートの屋上でビニールシートにくるまれて、ホームレスとして暮らしている男を追ったドキュメンタリー。一回自殺しようと思ったことが語られるくらいで、本人の過去のことはまったく触れられることはない。ちょうどバカンスのときに、たまたまお金がなくなってしまい、知り合いもすべてバカンスで地方に行っていて、ホームレスになってしまうエリック・ロメールの怖い映画があったが、この映画も身につまされる。
 
 小泉堯史博士の愛した数式(2006年)義理の姉との不倫関係のときに事故にあい、数学者の博士(寺尾聰)は80分しか記憶がもたなくなり、不倫相手の義姉に守られるようにして静かに暮らしていた。そこに派遣されてきた新たなお手伝い(深津絵里)は状況をすらっと受けいれ、心のこもった態度で応対する。ってできすぎでしょう、私が博士ならいらっとしてしまいますね。原作を読んでいないので、どういう設定になっているのかわからないが、80分しか記憶がもたないというのは、逆に言えば、80分もつということで、80分が常に更新されるのだとすると、つまり、一秒一分たつごとにそこに80分が足されるのならば、我々の日常とまったく変わらないことになる、ただ睡眠ですべてを忘れることはあるかもしれないが。
 
 エマニュエル・ローラン『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールトリュフォー(2011年)映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』の批評家から出発し、ほぼ同時期に監督としてデビューしたゴダールトリュフォー五月革命を機に袂を分かつまでをおったドキュメンタリー。特に新しい切り口があるわけではなく、専門家ではない私が見たことがある映像ばかりで、ほとんど教科書のようなドキュメンタリーで、ヌーヴェルヴァーグの精神とはかけ離れている。こんな映画の字幕監修に山田宏一御大など頼みなさるな。
 
 ペール・ハネフィヨルド『エリカ&パトリック事件簿 踊る骸』(2020年)一応、北欧ノワールの流れのなかにあるようだが、探偵役の夫婦がさほど魅力的ではないし、ナチスがらみの話には新鮮みはなく、ノワール的な夜のシーンとえぐさもないのががっかり。
 
 見事になにひとつとして根拠はないが、もし違った風な生の軌跡をたどっていたなら、ファッション関係の仕事をしていた、する努力をしていた、と思うことがある。フェントン・ベイリー、ランディ・バルバトのドキュメンタリー『イン・ヴォーグ:ザ・エディターズ・アイ』(2012年)はファッション誌『ヴォーグ』の代々の女性編集長がこれほど違ったコンセプトで、独特な世界を立ち上げてきたことを知ってびっくりしたし、癖ものぞろいなのにわくわくした。あるいは、名妓や宮廷の才女とはかくなるものであったろうか。
 
 スコット・デリクソン『NY心霊捜査官』(2014年)、グロテスクな描写もそこそこあり、雰囲気は悪くないが、はなしそのものは平坦であまり物語の工夫はありませぬ。この映画だけはネットフリックス、後はアマゾン・プライム。