ケネス・バーク『歴史への姿勢』 4

 多分、その最も鮮やかな例はスペンサーの戯画化にある。スペンサーはこう書いている。

 

 「進化とは物質とそれに伴う運動の散逸とが統合されたものである。それを通じて、物質は、非限定的でちぐはぐな均質性から限定され一貫した不均質に変わる。保持された運動はそれに平行した変容を蒙る。」

 

 ジェームズはこれを次のように翻訳する。

 

 「進化とは、一緒にかたまっていようじゃないか性とそれでもみんなは別々のものではないか性の連続によって、誰も望んじゃいない曰く言い難いどこをとっても同じものから、いくらか望んでいる者はいるし語ろうと思えば語れるどこをとっても同じなわけじゃないものへの変化である。」

 

 ジェームズに常に見られるはち切れんばかりのメタファーは一般向けを狙った飾りではない。彼の観念に結びつく感情的な色合いと密着して暮らしているという事実からくるものである。かくして、彼は絶対的観念論を受け入れることができないが、それは、彼にとっては「金魚が泳ぐガラスの水槽」と同じものしか意味しないからである。そして、自らの経験主義を修正しなければならなかったが、それは、そうした単純な教義ではまさしく「ボルネオのダヤク族が小屋に飾る乾燥した人間の頭」でしかないからである。心理学についての自分の著作を「大量のラット」と呼んだとき、彼は暗黙のうちに別の領域に移る意図を告げていた。ルールの決ったゲームを続けることができないこと、「哲学と心理学との境界を無視する」(ペリー)傾向、「知的な悪ふざけ」(ヘンリー)、「心理学における印象主義、・・・まさにあらしを告げる鳥」(G.スタンリー・ホール)である著作は、彼の非凡な芸術的感受性から来ており、それが彼をしてその極端な形においては「神秘的」と呼ぶしかないものへの片意地なまでの関心を強いていた。

 

 抽象は、化石化したメタファーにしか過ぎない――そして、それを常習的に使用している者は戦略上重要な時点で(最高潮に達した「結論部」などにおいて)その枠組を破り、まったく単純なメタファーを吐き出すことがある。そうした戦略地点におかれたメタファーはその作品の本質や気質、そのまとまりの核となるもの、「哲学することの動機」をあらわにすることがある。ジェームズが常に言っていたことは、つまり、夢中になって追いかけられている表面的意味は、それを促す情動的な意味合いをその本性上含んでいなければならない、ということである。この自由な形象、この「縁飾り」の圧力を感じとり、彼はそれを全体的な状況の一部をなすものとして扱うばかりではいられなかった。そうした率直さが彼のベルグソンへの共感を説明する。

 

 「生命が閉じられるとき」、と父の死のときジェームズは言っている、「人間は一つの叫び、一つの文のように思われる」と。同じ問題を別の角度から見て、ペリー教授はジェームズの言葉を敷衍して「宇宙全体を見る見方はすべて、その部分を見る見方からの類推によって成り立っている」と言っている。ジェームズの文章を探り、フリッツ・マウトナーの手がかりを借りると(彼は経験主義は「形容詞的」だと示唆している)、彼の方法を文法からのアナロジーで特徴づけることができる。我々は彼を価値の形容詞の比較級の達人と呼ぶことができる。絶対主義に不信を抱き(それは最上級で、一なるものと最上のものとを同一視する)、彼はすべてではなくよりもむしろで考えた。それゆえ、彼は一元論、権威、合理的に完結したものを嫌った。楽観主義や悲観主義よりも、「改良主義」を好んだ。自由意志の肯定は、彼の道徳再建で重要な役割を占めているが、局部性と同じような意味をもっている。神でさえ形成の途上で、完成された最上のものではなく、よりよきものへの志願者である。彼はデヴィッドソンにこう書いている。

 

 「歴史や哲学において神が出発点、演繹の前提として使われていることを思うと、神や神の観念に狂信的な憎しみを抱いている者に完全に共感することができます。しかし、到達すべきあり得べき理想としては、ますます神なしではいられないのを感じるのです。あなたが思われているように、すべてを包含する『宇宙の統一の主体』としての神は必要ではありません。」

 

 この比較級による思考法によって、彼はブラッドリーについて愉快で巧みな観察を行なうことができた。「彼は、実際のところ、特別に謙虚な人間であって、私が思うに自分自身に対して以上に、読者に対してより謙虚であるので、傲慢であるという誤った印象を与えるのである。」友人であるロイスについての言葉にも同じ特徴がある。「あなたが彼に対して明確な返答を必要とする鋭い異論を投げかけると、彼のいつに変わらぬ返答は全体系を再び述べ直すことなのである。」こうしたことは、ある種、嵐のときにはどの港でも、という姿勢であり、多元論という形而上学的装いをしていても、秩序だったシンメトリーを愛する者には悩ましいだろうが、不完全な世界で道徳のやりくりをしなければならない場合には非常に役に立つ。「死に至る(あるいは至るかもしれない)病には」と死の床にある友人デヴィッドソンに彼は書き送った、「紳士的な軽率さでもって、高潔なストイシズムでもって、あるいは宗教的な熱情、そのどれかでもって対面することができます。あなたには私の例に従い、その三つの態度で戯れdurcheinander、それぞれを臨機応変に使うことを勧めます。」同じ区別を図式的にあらわすと、彼の経験則からくる三位一体「合理性、行動、信念」が得られる。そして、彼の比較級に対する好みによって彼の世界が多元的になったのなら、徹底して誠実な人間として彼は多元論的な家を購入しさえするだろう。妹のアリスが彼に対する報告のなかでこう言っている、「ここはあなたが見たこともないような素晴らしい家です。十四ものドアがあり、それがすべて外側に開いているのです」と。(記録のためにつけ加えておくが、ジェイムズはそれを信用したが、実際には十一だった。)

 

 彼の「尊敬すべき」同僚たちの考え方に対するジェイムズの抵抗の多くは、彼らが世界をあまりにも限定されたものとして扱う危険を確信していたことによる。彼が「streng wissenschaftlich」を嫌っていたのは、細かな計測に固執するには落ちつきがなく、身体的に弱いからだけではなかった。方法の本質による必然から、活力がある重要なものの多くが無視されると感じたからであった。ここで我々は、ジェイムズが父親の命令、使命という言葉をその最も広い意味で、専門家としてではなく人間としての使命と考えなければならない、という教えに無意識のうちに従っているのを見るのである。