ケネス・バーク『歴史への姿勢』 9

枠組の強調点の変化

 

 西欧文化の歴史的な軌跡を調べるときに、古典的な断念の強調から、革新的な(「ファウスト的な」)自由の強調への転換で成し遂げられたものを見ることでよりよい理解を得ることができる。職業についての革命的な哲学はそれまで僅かな者にしか得られなかった個人による支配を民主化する助けとなった――その僅かな者も、既に確立されている身分が強調され、その特権は昇進するに従って得られるとは一般的に考えられなかった。マキャベリは、ルネサンスの乱暴な「王子」を「成功」の始まりを約束するものとした。「成功」はより商業に焦点を絞られ、彼のすぐあとで注意が払われるようになった会計学の教科書でとぎすまされることになったようである。特に、ゾンバルトが観察しているように、金銭の得失をはっきりと目に見えるものにする複式簿記の完成は、純粋に資本主義的な判断基準である投資と効率を合理化する「利益のための生産」という抽象的な概念を準備することになった。ここで、「貧者の幸福」から「豊かな経済」への転換の試みが始まった。

 

 それ以前には、人間の努力は性質によって検証された――その性質(「よき生」の基準で、主に習慣という権威に根ざしている)を操作しようとしても、筋の通った根拠を見いだすことはできない。議論ではなく経験だといった類のぶっきらぼうな主張に絡め取られるだけである。会計学は、行動を合理的にする量的な仕掛けを与える。商人は、行動計画を判断するときに、悪徳と美徳といった不明瞭な観念をもてあそぶようなことはしない。彼は元帳を調べ、年度末に収入が支出よりも上回っていたらその計画が「よい」ことが証明される。「合理的」であることは単に「信仰の侍女」であることをやめ、まさしく方法の本質となったのである。この転換を喜んでいるわけでも残念がっているわけでもない。我々に必要なのは観察することである。

 

 そこで我々は革新的な教義が人間にもたらしたに違いない偉大な救済、肉体的なことに関する教会の組織的な禁止、身体的に不可能になるまで現状を受容し、それに従わざるを得ない人々の姿勢を定める特権者の「働きかけ」からの解放について更に考えてみよう。こうした条件下で自己を「抛棄」する試みに等しいものを心理学にとれば、それは神経症である。宗教的合理化は途方もない量の神経症的動揺に対して抜け穴を提供するが、それらが神経症の発火点となることもある。

 

 こうした危機的な接合点において、合理的なふるまいを商業的、量的に検証できるというのは非常に幸福な発明だった。新たな努力の領域が開け、それはアメリカの発見、テクノロジーの発達によって更に拡がった。幾世紀を経て、それは大多数のファウスト可能にし、こうした「培養」(細菌学的な意味での)が成長し増殖することができるような歴史的環境を提供した。個人主義的な主張をおこなう機会は拡がり、個人主義の割合は、別の条件の下では恐らく混沌と呼ばれる程度にまで拡がったのである。

 

 混沌へと導かれる代わりに、新たな感覚と道徳は「利益」という考えを受け入れ、それを宗教戦争の熱狂が衰えたあとの世俗的な枠組みに完全に当てはめることができた。その後数世紀をかけて合理的な組織づくりが行なわれることとなった。しかし、五百年近くたったいま、この新たな資源は開拓しつくされ、「マルサス的限界」に近づいているように思える。個人事業の自由で、イースト菌のような「増殖」も、これ以上増えないところまできている。この活動の副産物(イースト菌が発生させる「アルコール」のように)によって絶滅の脅威を与えられているのである(言い方を変えると、長く続いた文化傾向のすべてがそうであるように、自由主義も「内的な矛盾」を生みださざるを得ないのである)。

 

 どれほど組織化された理解や行動でも不正確な部分があり得る。ある慣習が偶然のきっかけによって広まることもある。そうした慣習の取り込み自体も組織化され、「官僚化」されたものだが、それもその理解と行動の様態が「マルサス的限界」に至るまでである。そこで文化は危機に直面し、新たな利用が可能になるような機会が得られるよう「革命」が必要となる。新たな機会が与えられない限り、我々は衰退し、神経症となり、怒りにとらわれる(それは外面的な戦争とも内面的な矛盾とも表現されるが、人々が自らの不安を犠牲の山羊に「投影する」仕掛けでもある)。

 

 多くの者は、「受容の枠組」を適用することで、こうした危機的時期の困難さを図式化する。思考にとって理想的な条件は、世界が我々の満足がいくように作り上げられ得るものと考えられ、あらゆる種類の思想家が、人々がこの世界でくつろげるような広大な集合的神話を共同して組み立てることである。闘争は象徴的に乗り越えられる。ある者は、闘争の過酷さを強調するのではなく、詩や宗教を使って緩和しようとする。それは人間のごく「自然な」職業である。これがアクイナスの神学大全に大きく寄与した、調和の取れたアリストテレスの哲学をつくりあげている。我々が事物の最上のあり方を考えるところで、それは断念の姿勢を発達させようとする。

 

 しかし、「新マルサス主義的」原理の容赦のない働きは、結果的にそうした枠組を完全に不適切なものとしてしまった。文化的型の「副産物」に過ぎないにしても、新たな資材が生じる。マルクスはこの点において新たな生産技術の影響を示した。枠組みはそうした諸関係に注意を向けているのだが、まさしくその徹底性のために決定的に重要な新たな要因の知覚がかえって曖昧になってしまう。あるいは思想家たちに、その新たな要因を症状として非難するよう促し、しかも症状の原因を明かさないのである。こうした説教や非難への傾向は特に教会の考え方のうちにあって、祈りをしつけられた者たちは(「職業的精神病」の影響のもと)、都合の悪い問題を言葉によって、祝福や呪いによって済ませてしまう傾向がある。彼らは存在に無秩序を「禁止する」。しかし、この傾向は世俗的な思想家たちに知られていないものでもない。例えば、議会政治のもとでの法の増殖では、法制定が即座に可能なようになっているので、人々はこの便宜を「働かせる」だけで、立法が一種の公的な祈りでしかないことがある。

 

 拒絶の構成要素を強調する枠組みは、完全でいまここだけを対象とする哲学の調和の取れた性質を欠く傾向にある。彼らは熱狂しやすく、一つの要因を選んで人間関係の図式を描く。その最も単純な戯画は「金の亡者」であり、生のすべての目的を、その下に潜みそれに伴う経済的要因や心理学的要素には関わることなく交換のシンボルに結びつける。拒絶の哲学の最盛期に生まれたマルクスは、自らいる環境の傷を開示した。にもかかわらず、彼がそこから新たな受容の枠組みが打ち立てられるような公的事業の土台づくりをしたことは間違いない。観念論者たちの間に生まれ、彼はリアリズムの本質をつかんだ。彼の企図は、前リアリズム、あるいは原リアリズムであり、主に後期資本主義の空白期間における行動を目指したいまここの哲学であるが、ポスト資本主義の再統合へ向けた要素も含まれていると言える。

 

 マルクスと同時期のロマン主義は、彼の著作に刻印を残しているが(特に、彼の反定立の強調)様々な度合いの正確さと徹底性をもつ拒絶の枠組みで混乱していた。ゲーテは、悪魔と契約する危険を冒してさえ自分の天才を主張し、個人的な野心を追い求めるファウストを歓迎してもいれば恐れてもいた。いま起りつつある潮流を勧めもすれば罰しもするというこの「悲劇的両義性」はシェイクスピアマクベスの扱いにもあらわれており、マクベスは新たなブルジョアの野望をグロテスクな装いであらわしている。新たに生じてきた資本主義の基準に直面して、シェイクスピアは多くの保守的、封建主義的価値基準を保持した。保守的枠組みと革命的枠組みとの不調和な共存の結果が「悲劇的両義性」であって、そこで彼は勃興する潮流を表現しているのだが、それに禁じられた犯罪の意味を与えている。

 

 ゲーテによって尊敬されたバイロンは、ミルトンの悪魔(その政治的忠誠によって象徴的な王殺しをなしとげた人間の手になる創造物)の直系である「ファウスト的」英雄を我々に残している。全体的に言って、宗教的な教育を受けた後、科学の影響を受けることで教会のドグマに懐疑的になった者は、芸術という修道院に入ることで象徴的に世界を「拒絶する」傾向にある。ワグナーの「芸術の神殿」は彼以前にも以後にも拡がっている。「二つの世界」のような図式が生じ、そこでは実際的な世界と美的な世界が対立しており、マンのような幾人かの作家がイロニーとメランコリーを交えながら両者を繋ごうとするのである。こうした枠組みは、美的なものの「受容」とも実際的なものの「拒絶」とも好きなように名づけることができる。