ケネス・バーク『歴史への姿勢』 21
エリオットの教訓的超越
我々はエリオットの『寺院の殺人』に言及した。それもまた、教訓的-感傷的-超越的な結合を示している。エリオットの心理学を試してみよう。
詩人トーマスによる聖トーマスについての作品で、セントルイスにはセントルイスの少年が好適である(どうしてそうでないわけがあろう)。神への気高い道を扱っている。
舞台。著者は古くからの場所を後にして、それに反したものを探している。ミズーリの蕪雑さを捨て、イギリス上流階級の優雅さを求める。反定立の働きによって彼は優雅さの概念を作り上げ――それからそれを地理的に探求する。彼は自分の想像した構築物を実体化するいまここにある場所を見いだそうとする。一時は、イギリスに見いだしたと考えていた。しかし、結局は、イギリスからセントルイスへと移っていった。生は荒れ地だと考えるようになる。イギリスは十分に優雅ではない。結局、詩人は唯一十分な優雅さのシンボルである神について熟慮することになる。
教養があり想像力が豊かで、多分現代の最も完成された詩人であるエリオットは、per elegantiam ad astraといったスローガンなど存在しないことは十分心得ていた。彼は自分の方法の効力を問題にした。神に近づくには卑下がなければならないことはわかっていたので、卑下を頂点におく新たな構築物を打ち立てるために優雅さを「超越」しなければならなかった。優雅さの神はセントルイスを否定したが、その展開を「否定の否定」によって締めくくらねばならなかった。『寺院の殺人』はこの問題を精神的な手段で象徴的に解決した。
最も重要なのは、第四の誘惑者、トーマスを自分自身の言葉で迷わせる者である。聖性は職業であるべきではない。聖人の人格を借りた詩人は、結局この問題を「超越」する。暗殺の前に信者に向けてなされた落ちついた聖トーマスの説教は、彼の道徳的な勝利を証明している。『あらし』で魔術師が最後にキャリバンを解き放つ場面、メロドラマ的な善と悪との対立がシェイクスピアによって「超越」される場面と同じ静穏さがある。聖人は危険に身をさらし、成り上がり的な意味合いを浄化する殉教を迎え入れようとしている。
しかしながら、ドラマは始まったばかりである。というのも、詩人トーマスが自分の代理を務めていた聖人トーマスを象徴的に殺害するとき、驚くべきことが起こるからである。詩的枠組みは粉砕され、批評家トーマスを代理していたと思われる四人の殺害者に歩が進み、非常に痛烈な批評的散文でもてなされることになる。こうした連続性の亀裂は、作家の作品において常に大きな意味をもつ(ルイスの「骨」のメタファーの亀裂について分析したとき論じたように)。エリオットの劇では、著者の自己証明の変化が象徴化されており、批評的な自己が詩的な自己を殺害しているように思われる。しかしながら、聖人は冒頭ので次のように述べていた、我々は
留め置かれている
永遠の行動、永遠の忍耐に
誰もが同意しなければならないのは、それが意志されたものであること
誰もが苦しまねばならないのは、それを意志すること
原型は生き残り、原型は行動であり
また苦しみ、車輪は回りかつ静止
永久に静止し続ける
つまり、プロットは車輪であり、アリアダカーポ、ロンド形式で、詩的様態の再開で終わる。詩から論争的な散文、そして詩に戻るというこの進行で、著者はトーマスの発言で哲学的に言われていたことを文体で実践しているのだろう。車輪は回り続けるが同じ場所で回り続けるのであり、毎朝詩人は起きあがると自らを殺し、批評家が前面に出るが、夜が訪れると共に不死鳥のごとき詩人が再び生きかえる、という毎度新たではあるが同一の繰り返しが永遠に続き、作品によってそれを肯定する作家は能動的であると共に受動的であり――それゆえ「Entsagen」、ゲーテ的な断念がある。*
*1:
*同じような解釈はミルトンの「リシダス」にも適用できなだろうか。ポ-ル・エルマー・ムーア氏のミルトンの「発想」の源についての説は、あまりに字句にこだわりすぎてないだろうか。氏の言うところによると、ミルトンは船旅のことを考えていたが、海難の危険が大きく、「学識ある友人」の溺死によって恐れが募っていたので、他人の死を悼むことによって自分の安全を確認したのだという。
「リシダス」は1637年に書かれた。ミルトンは1638年と1639年に旅行している。そして、続く二十年ばかりは、時折の十四行詩を除けば、すべての力を論争的な散文に用いていた。
こうした事実と詩の内容をつなぎ合わせると、「リシダス」は詩的な自己の象徴的な死をあらわすという主張も正当化されよう。それに移動の時期が続く(「行き当たりばったり」の旅行)。それから「左手」による作品に集中する。時折の十四行詩しかなかったこの散文の時期に、彼は「才能を押し殺していた」。
しかしながら、学生の時から、彼は広い視野で詩を書くことを計画していた。その考えは決して彼を去ることはなかった。小冊子の執筆に最も集中していたときにも、それに見合った主題を探し続けていた(ある時期にアダムの失墜に決定した)。そして「リシダス」において、死したる自己は休止中だが、再び甦るだろうと証言されている。葬儀の荘重さで花々の目録が数え上げられた後、彼はこうつけ加える。
もう泣くな、痛ましい羊飼いよ、もう泣くでない
水の底に沈んだにしても
あなたの悲しみのもとであるリシダスは死んでいないのだから
大洋のしとねに身を横たえる太陽は
いずれは沈めた身体を取り戻し
光と新たに輝く金で身を飾り
朝の空に燃えあがる
だからリシダスも・・・
つまり、死んでも詩人はそのまま残っている。クロムウェルによる政治的空白の後、王政復古になると、彼は再生する。「リシダス」で語った「盲目の口」として詩のもとに帰ったのだが、『失楽園』には彼の請け負ったものが詰まっている。
純粋な詩人が散文のもとにも存在し続けたのだと考えることはできないだろうか。特に、「アレオパジティカ」で、魔王のような自由の鷲が太陽の目を眩ます光を凝視するときには、「リシダス」の「太陽」も見られていたのだろう。