断片蒐集 30 奥野信太郎

 

 今更鷗外が博識なのにびっくりはしないが、教養がある人がいないと、こちとら無教養な人間が生きにくい。

 

鷗外と左伝

明治大正の文豪として誰でも知っている森鷗外は、『左伝』の文章を非常によく読んだ人でありまして、わたくしは大正四年の十月の十八日と記憶しております。ある寺である式があって、そこで碑文の説明を森鷗外がやりました時に、その碑文のなかに出てくる『左伝』に典拠をもった言葉を、原文ですらすらと暗証しながら説明したので、なるほど実によく『左伝』を読んでいるなあとびっくりした。