頼みになる拒絶をもとに人間は邂逅できるかーー椎名麟三『邂逅』(昭和27年)

 

邂逅 (1976年) (旺文社文庫)
 

 

 椎名麟三に関しては「深夜の酒宴」と「重き流れのなかに」その他初期の短編を数十年前に文庫で読み、教文館からでているキリスト教に関するエッセイ集の端本を読んだことがあるだけで、そのときには特に強い感動を受けたわけではなかった。しかし、心のどこかに引っかかっており、私の個人的な経験則によれば、読んだ途端に熱狂的になる作家というのはえてして熱狂とともに関心も薄れていくのだが、妙な気がかりとして片隅にあり続ける作家は、なかなかつかない薪の火のように、いったん火がつき始めると滅多なことで消えることのない存在としてあり続けるのである。昭和22年に発表された「深夜の酒宴」からいま読み進めている椎名麟三もまた私にとってはそうした存在になりそうであり、どの小説もいまのところすべておもしろい。

 

 第一次戦後派という観点からすると、私自身のこれまでの読書歴からして、フランス文学育ちということで、中村真一郎福永武彦など、日本語による定型押韻によるソネットなどを主張したマチネ・ポエティクに多少道草をくってもよさそうなものだが、実は第一次戦後派といって思い起こされるのは埴谷雄高武田泰淳野間宏であって、中村、福永両人の小説はそれぞれ何冊か読んでいるものの椎名麟三のような引っ掛かりを残すことはなかった。

 

 椎名麟三の初期の小説の舞台になっているのは、自由が丘、明大前、豪徳寺、などといった京王線小田急線の沿線であり、昭和20年台のこの周辺を描いた小説は、私が記憶している限りでは他に思いつかない。登場人物が高等遊民でも、学生でもなく、会社の勤め人や職人であることも共通している。彼らは一様に社会的底辺にかろうじて生存している。ほとんどの人間が愛することに絶望しており、死を考えている。

 

 登場人物の名前が冒頭にあらわれることも椎名麟三の小説の特徴であり、『邂逅』では「古里安志は、渋谷のガードの方へ歩いて行った。」というのが冒頭の文章であり、建築現場で働く安志の父親の平造が鉄骨の下敷きになり、片足を切断することになることから始まるのだが、安志にはけい子、時子、岩男という妹弟がいる。時子は胸の病気でほとんど寝たきりであり、けい子は知り合いの実子の兄の紹介で会社に勤めているが、その紹介の約束があやふやなものであることから、安定した生活を得るに至っていない。けい子は共産党員である確次と付き合い、党員である、あるいはあったらしい。実子は野原知也の妹であり、野原家は椎名麟三の小説には珍しく、親から資産を残された中流階級に属しているのだが、実はその資産もとうに食い潰しており、知也は完全に無気力なニヒリズムにおかされており、妻の沢子は自分でろくにものを考えられない人形のような女で、実子は自分の資産と自由とを混同しており、浪費を続けている。小説は安志、けい子、確次、知也、実子の五人を中心に進んでいくが、その各人が各人に向けて悪意と敵愾心を抱いている。ただ安志だけがその悪意を免れるときがある。例えば、安志と実子が二人で夜道を歩いているとき、安志は片足を痛めており、実子は二人で降りる石段が不安定であることを知っている。

 

実子は、なんとなく、安志の身体を坂道の端へ寄せるようにして数歩歩いた。安志の身体は宙にうき、それからはげしい勢で前へのめると、崖の方へ倒れ、棒でもころがしたように崖の斜面を五、六回回転した。実子は、その安志をじっと見下していた。黒いいも虫のようなみぐるしい恰好だと思った。両手で頭をかかえ、オーバーはまくれ上って、黒いズボンの貧弱な尻がつき出ていた。その尻のへんに土がついている。安志は、身動きもしなかった。彼は頭の痛みに耐えながら、暗い星空を見ていた。それはただの星空だった。彼は、ユーモアのあふれた神の微笑を感じた。彼は。思わず、笑い出した。

 

 

 確かに椎名麟三は昭和25年にキリスト教の洗礼を受けたが、神が救いとしてあらわれることもなければ、遠藤周作のように信仰が問題化されることもない。むしろ、神がより彼らの断絶を深め、先鋭化させる。結局安志の父は自らの悪意の帰結であるかのような死を迎え、知也は無気力なニヒリズムから脱出することができないまま自殺してしまう。けい子もまた生きていることの厭わしさから、荒川のなかに入っていくが、いつまで経っても水は膝の高さ以上に昇らず、尿を漏らしただけに止まった。兄が死んだ姿を見て精神的な失調状態に陥った実子は、安志に一緒に死んでくれるよう頼むが、彼は笑って生きていくんですよ、としか答えない。実子には安志は安志ではなく、単なる男になっており、その男から「何か頼みになる拒絶を感じ」る。キリスト教に回心する前から、椎名麟三の作品には、常に笑って生きることを促す人物が登場し、安志もその系譜を受け継いでいる。『邂逅』という表題は、最後の場面で、生き残った主たる人物たちが一同に会することから来ているのだろう。

 

確次、実子、けい子、岩男の四人は、往来の人々にいりまじりながら、めいめい遠くはなればなれになって、おたがいにひとりでいるように歩いていた。安志は、強い愛の衝撃を感じながらひとりひとりの顔を見た。みんなそれぞれ妙な顔をしていた。そして妙な一行だった。安志は、真剣な真面目な気持で、笑いながら大きな声でよびかけた。

「どうしたんだ。みんな神妙な顔をしているじゃないか。・・・・・・さあ、愉快に、一緒にたたかおうぜ。愉快にさ!」

 誰も、その安志の声に答えなかった。安志は、その四人の仲間を見ながら、このおれと彼等との溝は、絶対的なものではないと思った。それは、かえることが出来るのだ。彼は、微笑しながら、だまって近付いて来る四人を待っていた・・・・・・。

 雨が、ぽつりぽつりと落ちて来た。

 

 

 確かにこの溝は絶対的なものではなく、相対的なものかもしれないが、彼らは資産を使い果たしてしまった実子を含めて、みな無一文だといってよく、互いの互いに対する敵意が和解されたわけでもない。むしろ敵意の消耗戦のなかで、疲弊し切ったそれぞれがひとりであることを自覚した脆弱な連帯であり、人間の関係性、つまりは敵意だけではなく、媚び諂いなどのごく一般的な人間関係を欠いたなかで、それでも連帯が、邂逅が可能なのかという根源的な問いが投げかけられている。