断片蒐集 47 青木玉/江戸の女
商家の下女が如来の化身だと見立てられたように、酒席の一場面を舞台の一場面として切り取る方の久保田万太郎もまた江戸的であり、遠い江戸の余香が立ち込めるようなエピソードである。
座は賑やかに沸いていた、向いの席に久保田万太郎さんがいらっしゃって、
「あれ、幸田さんもう帰るの、もう少しいいでしょう」
と声をかけて下さったのにお辞儀をして、出口の方へ行こうと、ぐるっと体を廻して立ち上がった、と大向こうから声がかけられたように、
「ああいい取り合わせだ、如何にも江戸の女だね。振りの赤がきれいじゃないか」人の目が“振り”に集まった。びっくり仰天、脱兎の如く逃げ帰って来た。
「芝居を書く方は怖いね。こんなお婆さんで取るところも無いものを着て出て行ったのに、ぎゅっと袂先おさえられたって気がした。<もみ>を付けていたことも忘れていたのに」