一言一話 2

 

 

 ミサは立ちすくんだままおどろくひまさへなくわたしの腕の中に抱き緊められてしまつた。そのときミサはちよつと瞼をそよがせたやうに見えたが、それはわたしのふれえたかぎりでは諦めとか愁ひとかいふ身内の感情をあらはしたものではなく、ただ澄みわたつた秋の大気の中にゐて微風が眼に沁みたかのごとくであつた。 石川淳「佳人」

 

 

ミサは「わたし」が同居しているユラの姉で、石川淳には珍しいリリシズムが澄み渡った秋の大気のように現前している。