一話一言 31

 

 

未完了の宇宙

 サン・ラサール駅に列車が入ってくる。私は列車の中にすわって、窓ガラスに顔を向けている。こんなことは、無辺際の宇宙の中の、取るにたらぬことでしかないと考える、そういう甘い考えを私は採らない。もし宇宙に完了した全体性という価値を与えようとするのなら、そういうこともありえよう。だが、もし、未完了のある量の宇宙しかないのなら、ひとつひとつの部分は全体に劣らぬ意味を持つのである。恍惚の中に、完了した宇宙という次元にまで私を押し上げる真理を、「駅に入ってくる列車」から意味を剥奪するような真理をたずね求めることは、私には恥ずべきことに思われる。

若いころ最も影響を受けた一節。サン・ラサール駅は聖地となったが、なにしろ、台湾より遠くに行ったことがない。