一話一言 43

 

幸田露伴の愛用品

 懐中物の財布は菖蒲革、小銭入れはいわゆるがま口がま口した口金のパチンとなるもので茶の裏皮、煙草入れと煙管入れは対の山椒粒大の相良繍で模様が一面に刺してある。これ等総て不用意に懐から滑り落ちることのないように選ばれた素材だ。一度水を通した手拭を八ツに畳んだ中に挟んで懐中すれば、いい加減なゴマの灰如きにしてやられる鈍智は踏まぬ、茶色好みの露伴先生は用心のいいところもあった。

 私の思い出す普段着の祖父は、いつも石摺りの着物で居たように思う。母はちゃんと垢づかない、時期に合った着物を用意していた筈だのに、他の着物の祖父は思い出せない。木村伊兵衛土門拳の両氏が撮った写真の着物もやはりこれだ。それほど好んで着ていたと言える。

 何度も何度も洗い張りし、内側には継ぎも当てられている。所どころ手当てしても目立つ傷もある。石摺りというこの布は、絹とは思えない丈夫な布で厚く織られ、染めた後に石で摺って布を柔らかくし、色もまた、摺れたところが、多少白くなって、染め上げた色目より濃淡がついて面白味が出るという。一見古ぼけ色の目立たない布だが、多分着れば暖かくしっかり身を包んで、見てくれのぺらぺらものより、どれほど安心感のある信頼のおける着物になることか。裏をみればこれまた普通の胴裏の布とはちがう太めの糸の地布である。石に摺られる布は、普通の裏地にすると、表布に喰われて摺り切れてしまうのではないか、己れも摺られ相手も摺る、何か恐ろしく、また切なさもある布だ。

布とか財布とか、袋物、カバンの類の大好きな私は、こうした文章を読むと、石摺りの着物が欲しくてたまらないのだが、和服といえば、旅館の浴衣しか着たことがないのを思ってしょんぼりしてしまう。