ケネス・バーク『動機の修辞学』 45

. III 秩序

 

.. 実在的な語、弁証法的な語、究極的な語

 

 第一に我々が取り上げるのは、<実在的な>語である。それはとりわけ、<いまここにある>経験された事物を名づけるもので、生物学的分類のように<種と種差によって>定義される。ベンサムが法の「虚構の存在」と対照して「真の存在」と呼んだものについての語である。(「木」は実在の語だが、「権利」や「義務」は法的な虚構である。)カントの図式によれば、実在的な語によって名づけられる事物では、多岐にわたる感覚が概念によって統合されているということになろう。かくして、「感受性」は様々な「直観」、大きさ、形、手触り、色等々の通達を受けとっている。そして、「悟性」がそれらを、統合する語、「概念」によって結びつけ、「これは家である」と我々は言うことができる。

 

 詩の形象は、見て触れる事物を名指している限りで実在的である。実際に存在する対象としての家と詩にあらわれるイメージとしての「家」では重要な差異があることを我々は既に見てきた。しかし、ここで考えているのは、<種と種差によって>定義できる限りでの、詩的イメージとしての家である。つまり、詩人が使う「家」という語の、辞書で調べてわかる範囲の意味であって、そこには「動物が住まいや避難所を目的として使用する建造物。特に、人間が住居するための建物、建築物。住居とする場所」とある。

 

 実在的な語は、時間と場所を特定した見て触れるものを名づけるとき最も曖昧なところがない。それゆえ、実在的な語の理想は、すべてを<運動>に還元する「物理学者」の語彙である。現代の顕微鏡的運動の数理は、見て触れるものとはかけ離れているので、実在経験の感覚的な側面は稀薄なものともなりうる。しかし、最終的な分析においては、その存在は目盛りにあらわされ、測定され読み取られるものであるから、そうした経験的な記録が可能な限り、電子の仮定的存在も「実在的」と考えられる。懐疑論者なら、擁護者が説明するほど科学が実在的ではないと信じるにたる根拠を提示できよう。特に、事物間の<関係>の名は、事物そのものの名と同じ程度に実在的であるかどうか自問できよう。しかし、我々はここでその問題を決着させようとする必要はない。ただ、感覚、記憶、「想像」(心理学的で、非詩的な語の一般的意味合いにおいて)に基づいた知覚の基本的な語彙が存在することだけ留意しておく。そして、その範囲が最終的にどこまで達しようと、知覚に関する語彙は、日常的経験的に有用な「実在的な」ものである。例えば、そこに「超越」は存在しない。

 

 ベンサムが述べる法の「虚構の存在」は、また別の秩序、我々が「弁証法的」と呼ぶものを含んでいる。第一の秩序で、名づけられた対象に割り当てられる厳密な場所をそれはもっていない。実在的用語が「実証主義の原理」を主張する理論的擁護を必要とする限り、純粋に弁証法的な領域にある。「実証主義」そのものは実在的な語ではない。「家」という表現に実在物を対応づけることはできるにしても、「実証主義の原理」に同じように実在の対応物を得ようとしても厄介なことになろう。そこにあるのは、<運動と知覚>の秩序ではなく、<行動と観念>の秩序にある語である。<原理>と<本質>に関わる語である(そこで、「実証主義説の<本質>はなんなのか」と問うことができる)。

 

 「名義上」の語がある。例えば、「エリザベス朝時代」や「資本主義」は実在的な対象を持ち得ない。そして、ほとんど無限に近い、考えられる限りの実在的細部をもった広範囲にわたる複雑な条件をまとめ上げ、その記述に成功したとしても、その配合表には「エリザベス朝時代」や「資本主義」に特有ではない数多くの構成要素が含まれていることに気づくことになろう。事実、「エリザベス朝時代」は「中世」と較べるときと、「ヴィクトリア朝時代」と較べるときとでは異なって見えるだろう。また、「資本主義」は、「封建主義」と比較対照されるときと、弁証法的に「社会主義」と対にされるときでは異なって見られるだろう。この種の語はしばしば「極性語」と呼ばれる。

 

 ベンサムは、虚構的存在は<種と種差によって>は適切に定義できないと言った。それにはむしろ<敷衍>による定義が、それゆえ、人が法的虚構を使用するときになにを本当に意味しているかを発見する「語句拡張」と「原型化」の方法が必要なのだと言った。我々が彼の「虚構の存在」と「弁証法的な語」とを同一視するのは、それが<事物>よりもむしろ<観念>に言及しているからである。それゆえ、それは<知覚>よりも<行動>や<姿勢>に関わっている(<知識>や<情報>よりも<倫理>や<形式>のもとに収まる)。いかに<ふるまうか>問うことでそれを定義できる。ベンサムの指摘によれば、ある表現の振る舞いは、表現自体にある秘密の変更点を発見することであらわになるだろう。そこで、表現の肉づけと(語句拡張)イメージを割り引く(原型化)というベンサムの企図が生じる。

 

 もし表現が完全なら、そうした敷衍は必要ないだろう。表現を引用することで、あらゆる変更は目に見える形で引きだすことができる。しかし、特にレトリックの争いにおいては、表現は断片的なままに残されている。もしある詩人が実際には憎んでいるのに「愛している」と言い、いかに謎めいた形であれそれに徹して言葉を締めくくるなら、その表現は必要な変更が持ち込まれていることとなろう。プリーンがポローンに「助けてあげたい」と言ったとしても、その言葉だけでは不完全で、純粋に行動に基づいた解釈が必要となる。もしこの「助け」が、行動から検証して、一般的に言うところの「その場しのぎ」でしかないとしたら、彼の意図の最終的な検証は言語外的なものと関わる。そして、修辞的発言の多くはそうした状況を考慮した解釈が必要とされるのである。

 

 仮定上は、もし我々の眼力が充分に鋭いものであれば、プリーンの言葉の調子や眼の動きによって、「助けてあげたい」と言ったときの意味を知ることができよう。端的に言って、この表現そのものに未来に向けた含意がある。しかし、我々の眼力は常に充分に鋭いわけではない。それに、記録は通常表現の断片でしかない(書かれた言葉には身ぶりや声の調子は省かれている。我々の「言語能力」が省略を余儀なくするだけでなく、表現全体を見ていても、書き留められる側面にのみ注目してしまうので、声の調子や身ぶりに対する鋭い認識が鈍らされる)。

 

 公的な関係では、多くの表現が、遠い距離から身振りで伝えられたり、仮面をかぶって発言されたり、風聞によって伝えられる。それゆえ、まず最初に腹蔵のない、言語外的な行動の分析に赴かねばならない。次に、スローガンめいているが、あらゆる人間は、発言者も聴衆も共に愚かなところがある。これに関しては、我々の観念に<不正確に>働きかけるイメージ、「原型化」についてのベンサムの考察がある。ここで我々は半ば行動的、半ば想像的な別種の「肉づけ」の必要と出会うが、その両義性はプラグマティックな行動の多くにさえ象徴的要素が含まれているという事実に由来する。

 

 例えば、教会の尖塔が実際に「天上へと向かう」熱望のイメージであり、聖職者たちが超自然的な力に言葉による敬意を払っても、また、教会の所有地に教会を遙かに超えてそびえ立つ事業のための建物を建てるなら、この行動と想像との組合せにおいて、真の表現となっているのは彼らの言葉ではなく、鋼と石で重々しく存在し、教会ではかつてないほど見る者をちっぽけに思わせ、深い吹きさらしの峡谷の底にいるよう感じさせる状況だと結論せざるを得ないのではなかろうか。身ぶりも、声の調子もなく全世界に配信されるニュースでなにが言えるとしても、行動とイメージの混合において、彼らは諸動機の「ポストキリスト教的」秩序に従って生活していると<実際には>宣言していないだろうか。

 

 もし教会の尖塔がなにかを意味するなら、それは周囲の建物を圧倒していなければならない。しかしながら、反対のことも指摘できる。宗教には地下墓地もあるではないか。事実、<地下組織>も存在する。

 

 いずれにせよ、我々は再び、非言語的な事物が「意味する」能力によって言葉の本性をとり、物理的な領域にまで弁証法の拡張を求める領域に行き合う。あるいは、別の言い方をすれば、観念の弁証法的領域が概念の実在的な領域に浸透する場所に来たのだと言ってもいい。もし教会の尖塔が象徴的な事物なら、それを越えて聳える事業ビルも、いかに著しい対照をなすにしても、別な行動の選択をあらわすものとして、同じ象徴的なものに関わっているはずである。かくして、倫理的−劇的−弁証法的語彙は事物の経験的−実在的な世界と融合しているので、科学的な対象であっても詩に有効に利用され得る。

 

 しかし、実在的な語と弁証法的な語との相違や相互関係は、「究極的」と呼ばれる三番目の語彙から注意を逸らせることになりうる。我々はそれを「神秘的」と呼ぶことを考えていたが、そう言ってしまうとすぐさま読者を賛成反対の立場に立たせることになる。そこで、「究極的」と呼ぶことにし、この三種類目の語彙に次のように取り組むことにしよう。

 

 弁証法自体は、妥協に通じる議会での衝突のレベルにとどまるかもしれない。それは観念や原理の領域にあり、対立する観念や原理を主張する者の間の衝突を組織すれば、何一つ明確な選択がない状況を生みだすことができる。それぞれの利害を敷衍した観念をもつ各代表者は、党派的利害の完全な勝利を意味しない解決には納得しないに違いない。だが、完全に希望通りなら拒絶するであろう同盟者に譲歩することで、主張の幾分かを受け入れさせる妥協をしなければならないかもしれない。それが標準的な議会戦術である。「妥協」は、恐らく、非難的用語の境までいってはいるが、中立的な語と言えよう。「抜け目のない妥協」というのは明らかに同じことを非難を込めて言っている。完全な非難としての語であっても、すべての「利害」が「原理」として翻訳され、高級なスタイルにされると、「堕落」や正当化が生じ、利害に従うことは原理に従うこととなる(陸軍元帥の支配下にある国務省が、ソヴィエト・ロシアに強硬にあたる際のスタイル上の当惑を参照のこと)。

 

 さて、議会的衝突に単に「弁証法的に」直面することと、それを「究極的に」扱うことの差異は次のようなことであろう。「弁証法的」秩序では、錯綜した関係のなかで主張し合う声をそのままにしておくだろう(衝突は<他によい手段がない場合には>「抜け目のない妥協」によって解決される)。しかし、「究極的」秩序では、争い合う声は<位階>や<順序>や<評価基準に従った系列>に位置づけられ、別のグループに移ることは確固とした根拠のある進行を辿ることで、すべてのグループは<発展>の関係として配列される。「究極的な」秩序は、かくして、多様な声の背後に「指導的観念」、あるいは「単一の原理」があることによって「弁証法的」(我々はこの語を<いまは特定の関係として>使用しているのだが)秩序とは本質的に異なるだろう。多様な声は、妥協による「穏やかな堕落」によってのみ共同できる、関係の薄い競合者として対面し合うことはなかろう。むしろ、単一な過程の連続する立場や契機のようなものとなろう。

 

 かくして、「利害」がそれに対応する「原理」に翻訳され、議会の代表者がその原理と幾分かは妥協することで利害を追求するようなときには、「弁証法的な」手順が必要とされる——しかしまた、可能なもう一つの選択、「究極的な」語彙によって、形も定かでないまでに絡みあった議論のもつれを創造的に図案化することもあり得る。そして、たとえ議会のメンバーが本性上「抜け目がなく」、その図案を受け入れなかったとしても、考えさせる効果はもちうるだろう。政策闘争についての姿勢を組織化し、長い目で見れば、ある種の妥協が別の種類の妥協よりも優れている根拠を示唆することができよう。

 

 たとえば、プラトンが『国家』であげている四種類の「不完全な政府」について考えてみよう(第八巻と九巻の始め)。それらは一覧として描かれているのではなく、<変遷するもの>としてあらわされる。理想的な国制から「名誉支配性」、「寡頭性」、「民主制」、「独裁制」と続く段階があり、それらは単一の過程の展開と解釈される。プラトンの対話編では幾度も繰り返されることだが、こうした国制間の相互関係は「究極的」である。実際、ソクラテスが、弁証法を個別な知識よりも優れ、それを媒介する最上の知識として称揚するとき、弁証法ということで意味されているのは、単に感覚から観念への移行ではなく、そうした諸段階の位階的な秩序づけなのである。

 

 「国制は人間の気質によって異なる」とソクラテスは言う。「気質と同じ数だけ国制も存在するに違いない」。その結果、彼は異なった政治構造にあらわれるもので人間の気質を定義しようとする。結果として、「名誉支配制」、「寡頭性」、「民主制」、「独裁制」それぞれに当てはまる人間への言及は、今日なら四種の異なった「イデオロギー」と呼びうるものへの処方になっている。それぞれが特殊な観念や立場を要約する語をもっている。名誉支配制なら「名誉」、寡頭制なら「富」、民主制なら「自由」、独裁制なら「保護」である。そして、こうした名称のもとに描かれる人間の気質は、四つの異なった動機群として扱うことができ、それぞれの政体に支持者を集めるには各動機に訴えかけねばならない。「この政体にして、この市民あり」とプラトンは言う。だが、彼は四種の「パーソナリティー・タイプ」(四種の政体に応じて、それに適したイデオロギーや意識の種類)を提示することで満足しているわけではない。彼はそれを単一の規範によって等級づけようとしている。ここではその等級づけの正当性を論じはしない。そこに含まれる原理を指摘しているだけである。四種の政体を多様性として対立したままにしておくなら、議会的論争という意味において「弁証法的」であろうが、それらを位階的に配列しようとする試みは、弁証法的秩序を「究極的な」秩序に変容させる。

 

 究極的弁証法では、それぞれの語は互いに通じ合い、各秩序の完成が続く秩序に通じている。かくして、実在的な語の一群は、実在的用語全体の背後にある原理や観念をあらわす名義にまとめられるに違いない。この要約的な語は、実在的な語とは異なった語彙の秩序にある。そして、弁証法に導入されたこうした名称が互いに交渉し合い、そのなかで秩序を作り出すようになると、その進展には諸原理の原理が含まれるに違いない——諸原理から諸原理の原理への一歩は秩序を完成させるとともに、それを超越することでもある。

 

 我々が究極的な秩序を「神秘的」と呼ぼうとしていたのは、神秘家が常に争いあう諸動機の秩序を、それがいかに「劣った」秩序であれ禁止することなく、発展的な系列のなかに位置づけるからである。かくして、神秘家の言葉がもっとも厳密なときであっても、「身体」と「精神」との単調な対立は見いだされないだろう。むしろ、我々に予想されるのは「身体」(その「最低限の」形においてさえ)を「精神」へ<続く道>として扱うことである。二項対立は言語の道具として修辞学や弁証法で非常に強力なので、発達的系列の両極を荒っぽい二項対立であらわす「近道」がしばしば見いだされる。しかし、我々はそれだけで判断するべきではない。むしろ、記録に残された神秘家の方法に注目すれば、究極的な融合は、必要な訓練の段階として体系的に扱われる身体、自然、イメージを<通じて>達成されることがわかるだろう。実際、十分徹底した事例においては、その経験のもっとも究極的な場面において、神秘家は再び身体、自然、イメージに関する言葉を使うようになろう(正しい諸段階を経て、そうした言葉がいかに不十分であるか知っているという前提に基づくものであり、撞着語法によるイメージの衝突はそうした段階を経ていない者がその経験を表現する場合に近い)。