一言一話 93

 

思想と人

思想は人によって生きるとしかぼくには思えない。殺人者も、泥棒も、詐欺漢も、聖人のことばを口にすることができる。しかし、キリストのことばはキリストの口から出たからこそ、孔子のことばは孔子の口から出たからこそ、力があり、威厳があり、何千年の後まで人々を動かすのだ。そのときの史学者たちの結論は、これを考慮に入れていないと思った。思想を人と切り離していると思った。

 諭吉の思想なり、言説なりは、当時の啓蒙学者の間で通説であるばかりでなく、もしその思想だけを社会が鵜のみにするなら、世は我利我利亡者の集団になり、秩序も道徳もない混乱状態をきたしてしまう危険性が多分にあると、ぼくには思われる。その思想にきびしい緊張をあたえ、一道の清冽な風をそよがせ、最もよい感化を世にあたえたことができたのは、諭吉のこの最もよい意味の武士気質によるとぼくには見られるのだ。

 

丸山眞男福沢諭吉に行き着いた経緯はいまだによくわからない。