一言一話 128

 

原稿を書く速さ遅さ

 

 芥川さんが一ト晩苦吟してやっと二枚、鈴木三重吉の「桑の実」の中に、梅雨になる頃の描写があるが、ホンの五六行の文章を書くのに、書いては消し、書いては消し、同じところの書きよごしを私は二十三枚持っている。

 久保田万太郎は、毎日/\「中央公論」の記者が通って、一日に一枚ずつ渡されて帰った。〆切の日までに十八枚、しかも未完だったという記録が残っている。谷崎さんも、一日に二枚組だと聞いている。

 早い方で、佐藤春夫室生犀星三上於菟吉。佐藤さんが「売笑婦マリ」を書いた時には、一ト晩に六十枚書いたそうだ。これは当時「改造」の記者で、佐藤さんのところへ居催促に行っていた和木清三郎から直接聞いた話だから間違いはあるまい。

 

ワープロが出現してから、書くことの神話性は失われた。