一言一話 129

 

典山の芸

 

 この人の芸には何か威厳があって、私など、どうしてもあぐらをかいては聞けなかった。こんなうまい人は到底二度と現れないだろう。人には癖があるもので、この人が高座へ上がる、或いは一服して後席を話し始める時、

「昨夜申し上げました通り、鼠小僧が――」

 という風に話し出す時には、どういうものか、出来がよくなかった。何にもそんなことを言わずに、

「稲葉小僧新助が――」

 と、ぶッつけに本題にはいる時には、いつの時でも出来がよかった。だから、私などは、キセルをしまって軽くお辞儀をして、彼が第一の口を利くところに千金の期待を賭けていたものだった。いつだったか、真夏の晩、神田の小柳亭で典山の独演会があって、「伊達騒動」を立て続けに二席読んで聞かせてくれた時の面白さは、彼の一生の傑作の一つだったろう。

神田伯山などに懐疑的なのは、こうした文章を読んでいるからなんだよなあ。