ケネス・バーク=マルカウ・カウリー書簡 5

 

989 東通

                         ウィーホーケン  N.J

                         1915年12月10日

                         [PS]

親愛なるマルコム

 君のがっかりする手紙が今朝届いたが、深い憤りからすぐに返事を書く。君はどうにかしてクリスマス前の月曜の夜か、もっとも遅くとも火曜日の朝にここに来なければならない。懇願するし、そのためならできるだけのことをする。生涯で、いま僕が考えているのは、君のことばかりだ。

 ウィルキンソンは火曜日の夜に講義のために西部に出発するから、こんな機会を次にいつ得られるか僕はわからない。よく考えたまえ!君が会おうっていうのは、自由詩の者たちばかりでなく、ポーイスやドライサーでさえあるんだ。君ほど熱心にドライサーの仕事を称讃している者が、こんな機会を無にできるなんて僕には理解できない。すべてはウィルキンソンにかかっている。僕が君にドライサーを紹介することは問題外だ。僕はほとんど彼を知らない。反対に、ウィルキンソンはイギリス人であれアメリカ人であれ、文学者すべてを知っている。ウィルキンソン君の唯一の希望だ。月曜日の夜でも一人、二人と会うには遅すぎるほどだ・・・知っての通り、僕は決して社交的な問題に通じていたことはなかったし、無名の新聞記者ぐらいにしか会う約束を取りつける勇敢さはないのだ。ぶるぶるっ、ドライサーなど恐ろしくって・・・

 最初に書いたことをもう一度繰り返させてくれ————ここに早く着くようベストを尽くしてくれることをお願いする。それ以外何も言えない。君と会うことにすっかり心を奪われている。ここで最期に君と会ってからの孤独な時間を考えるとそれも当然だ。自分を取り戻したいのだ。

 心からそう思う

                         ケネス・バーク






                           ゴア・ホール E13

                           [ハーバード大学

                           1915年12月15日

親愛なるケン

 君の手紙は魅力的だ。予想したよりはうまくいきそうだ。今日ディーン・ヨーマンスのもとを訪ねた。(昨日彼に手紙を見せていた。)「君を行かせることにしよう」と彼は言った、「例外的なのだが、君のよい成績に免じて許すことにしよう。」

 「いつ出発していいですか」と僕は尋ねた。

 「手紙では、月曜までにニューヨークに行かなければ、ということだったね。月曜、火曜、水曜を君に与えよう。」

 つまり、バーク、僕はここを日曜の夜に出て、コロニアルかフォール・リバーの蒸気船に乗ることになる。だが、最初に金の準備と家族からの許しを得ねば。どちらもいま電報を打ったところだ。

 ニューヨークについて、すべてうまい具合だったら、少し休みたい。少し歩きたいし、舌がまだ働くようならしゃべりたいな。もしできたとしても、僕はドライサーには会いたくない。彼のような巨人がハーバードの一学生に関心をもつわけがない。でも、ウィルキンソンとても会いたい。彼に印象を与えることはできないだろうが、偉大な人物が語るのを聞いてみたい欲望がある。

 なにかあったらすぐに連絡する・・・

                         マルコム