一言一話 140

 

運命

 

歴史の必然といふものが、その様な軽薄なものではない事は、僕等は、日常生活で、いやといふ程経験している筈だ。死なしたくない子供に死なれたからこそ、母親の心に子供の死の必然なことがこたへるのではないですか。僕等の望む自由や偶然が、打ち砕かれる処に、そこの処だけに、僕等は歴史の必然を経験するのである。僕等が抵抗するから、歴史の必然は現れる、僕等は抵抗を決して止めない、だから歴史は必然たる事を止めないのであります。これは、頭脳が編み出した因果関係といふ様なものには何んの関係もないものであつて、この経験は、誰の日常生活にも親しく、誰の胸にもある素朴な歴史感情を作つてゐる。若しさうでなければ、僕等は、運命といふ意味深長な言葉を発明した筈がないのであります。

運命と因果関係はなんの関係もない、というより、多くの例で見られるように、もっとも近しい、似たものはもっとも反発し、異質なものである。