一言一話 157

下村亮一『晩年の露伴』から。

支那文学

 「支那文学を正しく評価しない者が、支那を誇大な表現をもちいる国だとか何だとかいうのは、まことに困りものだね。何といっても支那は文字の国だよ、表現も厳格だし、そんな誇大な、だらしないものではないんだ」(・・・)

 「白髪三千丈、そのあとに『憂いかくの如く長し』というのをなぜつけないのか。それをゴマかす奴の方が、よほど非文学的だ。支那の表現には里程で長さや深さをあらわすものが多い。たとえば、『賢愚相距る三十里』とか、『名香三里を走る』など、いろいろあるが、いずれもたしかな根拠をもった巧みな表現である。『賢愚距る三十里』は、これも有名な語だが、賢い奴と、愚かな奴が、同じように旅に立った。賢い奴は出発の時から自分のやるべき旅の目的を知ってあるいていた。ところが愚かな方の奴は三十里も歩いてから、ハタと旅の目的が何であるかに気付き、再び引きかえして用意を整え直し、再出発をするという実話からきている。『名香三里を走る』にしたって、いつも名香が三里の彼方で聞けるというのではない。支那は香の原理をきわめた国だ。どんな香を、どんな時にたけば、どこまで聞けるかをたしかめた上である。陰湿の空気の時でなければ、香は走らない。こういう時は名香は三里を走るのだ。これは名香と、その時の大気の状況を科学的にいったもので、そんないい加減なものではない。文字の国、支那の言葉を、そんな風にあなどってみていると、これは日本の歴史家の傲りだから、いまにひどい目にあうにきまっているよ」

 

私もふと気づき、旅などしていなかったことに気づいたぐらいのところ。