トマス・ド・クインシー『スタイル』25

 ペリクレスから<彼の>天体を構成する残りの者に目を向けると、そこには最高度に創造的で、まったく前代未聞のことを成し遂げ、それぞれに独特な文章を書いた者たちがいる。彼らには先行する範例はなく、彼ら自身がそれぞれ後の世代の範例となる運命をもっていた。彼ら自身には父親も母親もなかったが、後代の者はみな彼らの子供である。最初に天上的な霊感のもと三人の<神的精神>、アイスキュロスソフォクレスエウリピデスが村落の無言劇から悲劇を創造した。次に来るのがアリストファネスで、喜劇に生の息吹を吹き込んだ。次に偉大な哲学者アナクサゴラスが始めて人間と世界とを理論化することに成功した。次に偉大であるかはともかく、より<有名>ではある哲学者たち、ソクラテスプラトン、クセノフォンがいる。次にペリクレスに頼り、時にはペリクレスに頼られもした神的な芸術家フィディアス(注1)がいる。そしてこれら不死なる者たちの後を歩いたのがヘロドトスとツキディデスである。エレウシスまで彼らが行進したらいったいどんなことになろうか。誰か偉大な芸術家がチョーサーが『カンタベリーへの巡礼』でしたように劇的にこの行進を仕立てたら。

 

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 これでペリクレスアテネの偉大な砲手たちの一群が明らかになったろう。さて、百年先に進もう。そこにはアレキサンダーの砲弾が、<彼を>取り巻くギリシャ人たちの見事な監督法院がある。より洗練された喜劇の精妙な達人がいる。偉大な哲学者たちがいて、偉大な学派はすべて後継者と言える程である。とりわけ一人の哲学者は(ベーコン卿の比較によれば)その気高い弟子と同じ程自由な精神をもっている。アリストテレスである。偉大な雄弁家たちがいて、とりわけそれ以降の世代が(賢明かどうかはともかく)完璧な雄弁の体現者とみた雄弁家、デモステネスがいる。アリストテレスとデモステネスは彼ら自身力の支柱であり、二つの名前のもとには大勢のものが集っている。フィディアスに匹敵する芸術家としては彫刻家にリュシッポスが、画家にはアペレスがいる。偉大な将校にして戦略の達人としては輝かしい<供揃え>を従えたアレキサンダー本人がいて、勝ち得た王冠をつけ、基礎づけた王朝の長たるにふさわしい。前の時代と同じように歴史家たちもいる。全体として「集合した者」が派手で堂々としていることは否定できない。

 

 肝心な点に触れる前に──つまり、ギリシャの天才の第二堆積物(地学の用語を使えば)を第一のものと比較する前に──彼らを結びつけるのは(もしあるとすれば)なにかということについて考えてみよう。ここで一つ質問をしてみたい。読者の前でこう申しては失礼だが、亜鈴と呼ばれるものをご覧になったことがあろうか。我々は見る以上のつらい経験で知っている。

*1:(注1)「フィディアス」──彼が他の偉大な同時代人たちと同じ程度の創造的力をもち、既に他人によって開かれた道を取り、追ったものではないことはアテネの、彼が貢献し始めた四十の大理石の採石場の様子から明らかである。採石場は以前にはなく、都市はいまだ輝かしい建築を有してはいなかった。