幸田露伴芭蕉七部集『冬の日』評釈の評釈23

しばし宗祇の名をつけし水  杜國

 

 美濃国郡上郡山田庄宮瀬川のほとりに泉があり、東野州常縁、宗祇法師に古今集の伝授を受け終わってここまで来て、和歌を詠じて別れたというところから、宗祇の清水の名がある。また白雲水ともいい、それは宗祇が白雲齋と号したからである。前句を熊坂物見の松としてこの句は付けられた。「しばし」の一語、はなはだ巧みである。一切は仮りの現実であり、大盗の松も山風に吹き折られ、詩僧の泉も田夫には忘れ去られる、それは世間の常態である。ここにある水に対し、かしこにある松を思う、山深き美濃地の風情が言外に見える。