トマス・ド・クインシー『自叙伝』9

 かくして、その時子供の心についた最初の傷は容易に癒えた。二度目はそうはいかなかった。親愛なる、気高いエリザベス、彼女の豊かな表情、魅力的な顔が闇の中から浮かび出るたびに私はあなたの早熟な知性のきらめきの証拠として光のや輝く光背1)を思う、あなたのとびきりの発達ぶりは知の驚異(2)であったから。あなたが二番目に、幸福な年を経てのことではあるけれども、我々の子供部屋から召されてしまった。その夜の出来事は私の足取りを追い越して生に食い込んでしまった。多分この日を良くも悪くもそれまで経験してきたことになぞらえることはできない。私の前にあり、私を導き刺激していた火柱は、あなたの顔が神の元へ去った途端、死の秘密の影に対する恐れをあらわにする闇の柱となる私の心があなたのもとに引かれていく神秘的な作用とは何だろうか。六歳の子供が知的な早熟に特殊な価値を認めることが可能だろうか。私の姉の澄み渡り包容力のある心は子供心に感じられた魅力なのだろうか。いいや違う。私はいまでもそう思っているし、それは見知らぬ他人の耳には私の過度な溺愛を正当化するものになる。しかしそれは失われた。或は失われないにしろその結果を通じてしか知られないものである。あなたが愚かであったにしろ私はあなたを愛したに違いないのであるから、私と同じように満ちあふれる優しさを持ち、私と同じような広がりを持つ包容力のある心には愛し愛される必然性があったのである。これこそがあなたを美と力で飾るものだった。
    「愛、神聖な感覚
神からの最上の贈り物にして、汝のうちで最も激しいもの」
 この楽園の灯火は、私にとっては、あなたのうちにしっかりと燃やされていた生きた光によって燃え立たされたものである。あなた以外の者に、あなたがいなくなってから後、私は自らを捕らえて離さない感情を言う力も誘惑も、勇気も欲望も決してもつことはなかった。というのも、私は非常に恥ずかしがり屋の子供だったからである。またこれまでの生涯を通じて、個人としての品位についての自然な感覚が、あえてその全てをさらけ出すことのないような感情については僅かなりともあらわにすることを自制させたのである。

 

 

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*1:

1.「光背」。光背は「キリスト教聖人の伝説」において超自然的な光による金色の王冠や飾り環(英国では通常グローリーと呼ばれている)に与えられた名で、イタリアの偉大な画家たちの絵画ではキリストや名高い聖人の頭部に描かれている。


2.「科学の驚異」。彼女のかかりつけの医者はコンドルセダランベールなどと文通していた著名な文人医者パーシヴァル博士と、その当時英国北部では最も名高い外科医だったチャールズ・ホワイト氏である。彼女の頭を、いままで見たなかで最も素晴らしい発達を遂げたものだと言ったのは彼であり、私の知るところでは彼は後年にも熱心にそのことを繰り返していた。彼がこのことについてなにがしかの知識を持っていたと思われるのは、こうした調査が始まった初期の段階で、彼があらゆる人種から抽出した頭部の計測をもとにして頭蓋学の本を出版したからである。しかし、この記録に僅かでも見栄が入り込むことは私を悲しませるので、私の姉が水頭症で死んだことを認めておこう。幼少期の知性に異常な発達はしばしば病気を伴っていると、つまり単に病気による刺激のためなのだと思われている。しかしながら、私は、可能性として、病気と知性のあらわれに全く逆の関係があるのではと思っている。病気が知性の異常な発達を促すのではなく、逆に知性の発達があまりに急であるために生理的な構造の容量を超え、病気の原因となってしまうのである。