幸田露伴「一刹那」
明治二十二年の短編。露伴は他の作家と比較して、小説形式の仕掛けを工夫していて、この小説では「一刹那」という言葉をきっかけにして状況が変わる。短編だが、さらに三つの話から構成されている。第一は、放蕩の末財産をなくしていまはらお屋をしている男が、もはや年増にかかろうとする古なじみに「顔をあはせし一刹那、八万四千の毛穴いよだちて息もつけず、其のまゝべつたりと尻もちつき、オヤとも云ひ切ぬさしこむ癪。」
第二、勘当とまではいわないが、遊びが過ぎた若旦那がしばらく家を追い出される。こらえ性のない若旦那はいっそ死んでしまおうと、幇間からモルヒネを手に入れ、なじみの女を呼んで、往生安楽の薬と見せた「一刹那」なじみの女、人殺しと二階から転がり落ち、母親に連れて帰られる。
第三はアイヌの話。アイヌの娘は、二人の男を同じくらい好いていた。あるとき、娘は仕掛けの糸に触れ毒矢を手に当ててしまう。その一刹那、男の一人、「れたり」は気絶してしまい、「ふうれ」は腰刀で娘の手を切り落とす。「れたり」はなにもできなかった自分のふがいなさに食事も喉を通らなくなり、毒を飲んで死のうとする「一刹那」、娘がそれをはたき落とし、自分こそそれを飲もうとする「一刹那」、あらわれた「ふうれ」が一瞬で状況を見て取る「一刹那」、「ふたりは夫婦よ、「ふうれ」は二人の兄弟よ」と宣言して大団円。
最後に、「ふうれ」のように振る舞えるものはいないという評に対して露伴の一言、「人情一ならず、汝の尽す所にあらず、指を以て海を量り、指尽て水斯に尽きたりとなすなかれ。」