与太郎の感受性――立川談志『ろくろっ首』

 

 

 幽霊や怨霊というと、恨みをこの世に残し、生きている人間になにかと災いを及ぼしそうだが、妖怪になると、ただ人間とは種が違うというだけで、野生動物と同じで、人間などには無関心にそれぞれに独特な生活様式を守りながら生きているように思える。


 妖怪のなかでもっともエロティックなのはろくろっ首だろう。通常、伸び縮みするものは男根の象徴とされるが、伸びはするが縮小はしないところが男根とは決定的に異なっている。もっとも、ろくろっ首というと常に女の姿をしているからエロティックに思うのであって、男のろくろっ首のことを考えるとぞっとしない。行灯の油を舐めることなどをみると、あるいは虐げられた人々の思いといったものが感じられないでもなく、妖怪として捉えるには若干不純物が交じっているようでもあるが、とりあえず妖怪ということにしておこう。


 もちろん、量があればいいというものではなく、女性の首筋に魅力を感じる者が多いからといって、長ければ長いだけ魅惑が増すというわけではないが、ぬめぬめとした感触、胴よりもはるかに脆くはかない長い首はエロティックな感興を呼び起こす。


 与太郎がおじさんのところに来て、嫁さんが欲しいと言いだす。ろくに働きもしないのに、と最初は相手にしなかったが、お屋敷のお嬢さんはどうでしょう、と家の者に言われて思いだす。養子の話ならなくはない、器量よしのお嬢さんだが夜になると首が伸び、みな怖がって逃げてしまう。夜などぐっすり眠っているので、そんなことは構わない、ぜひ取りもってくれ、と与太郎は頼む。

 

 おじさんは与太郎を連れてさっそくお屋敷に行き、ろくな応対もできなかろうと、「さようさよう」「ごもっともごもっとも」「なかなか」の三言で済ますように言い含め、なんとかその場は切り抜ける。無事養子に収まったが、枕が変わったせいか目がさえてなかなか寝つけない。夜中になると隣に寝ていた嫁さんの首が伸びはじめた。びっくりした与太郎は慌てておじさんのところに逃げこむ。もう嫌だ、家に帰っておふくろのところで寝る、なにを言ってるんだ、全部承知の上じゃないか、おふくろもうまくいったので大喜びだ、あとはいついい便りが聞けるかと首を長くして待ってるんだ、首を長く、そいつは大変だ、家へも帰れない。


 残念なことに与太郎は伸びた首をエロテッィクなものと捉える感受性が欠けていたようだ。しかし、考えてみると、ろくろっ首には妙に現実的なところがある。同じくほぼそのまま人間の姿をとどめているとはいっても、例えば一つ目小僧やのっぺらぼうの場合、その姿を連想させるような生物は案外少ない。みみずなどのたぐいはのっぺらぼうと言えなくもないが、顔を認めるのは困難だ。

 

 一方、鶴や麒麟など首の長い動物は多い。また、長い首の質感は蛇などの爬虫類を思わせる。だとすると、与太郎の感受性は違った方向において鋭敏であったのかもしれない。彼は、長い首のうちに、人間にはあるはずのない別の種の特徴を見てとり、まったく異なる姿かたちであれば無関心にやり過ごせたものを、同種だと思っていたものが突然別の相貌をあらわしたものだから、魅惑と反撥の産物であるエロスを感じる以前にテリトリーを突然侵された驚きに襲われたのである。