一言一話 80

酒中趣 (筑摩叢書 289) 作者:青木 正兒 筑摩書房 Amazon 羊と石 黄初平が金華山中で白石を叱して羊と為したと云ふ故事。(・・・) 羊成石、石成羊 (羊ハ石ト成リ、石ハ羊ト成ル。 即此可以喩滄桑 即チ此レ 以テ滄桑ニ喩フ可シ 今朝有酒須盡觴 今朝 酒有リ …

ケネス・バーク『動機の修辞学』 54

.. 殺害と不条理 生け贄に関して。マックス・ブロートからの引用は、キルケゴールの読者が、神がアブラハムにイサクを生け贄に供えるよう命じたという聖書の物語をどのように解釈するかを示している。だが、聖書によれば、アブラハムが「刃物をとり、息子を…

ブラッドリー『仮象と実在』 175

[この測りをもって比較的に真である方向に進む。] 間違った現象が真理に移入しうるという原則については、すでに誤りについての章で議論を進めた。その方法は、すでに見たように、補足と再配列からなる。しかし、ここで以前の議論を繰り返すつもりはない。…

一言一話 79

酒中趣 (筑摩叢書 289) 作者:青木 正兒 筑摩書房 Amazon 大酒の会 江戸初期慶安の頃江戸に大酒戦が行はれた。一方の大将は地黄坊樽次とて大塚(後の鶏声が窪であると云ふ)に住み、一方の大将は大蛇丸底深とて川崎の大師河原に住んでゐた。慶安元年秋の頃樽…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 53

.. 「弁証法的叙情詩」(キルケゴールの『恐れとおののき』) 一昔前のデパートには、支払所と個々の売り場とのあいだを走る小さな運搬台があった。(いまでも時折見かけるが、ほとんど空圧式の送菅に取って代わられている。)それらは急発進し、それぞれの…

ブラッドリー『仮象と実在』 174

[基準とはなにか。本質的に関連する二つの特徴を持っている。] 真理と実在の完全性というのは最終的には同じ性格を持っている。それは明確で自律的な個物である。第二十章で私は個物であることが何を意味するのか示そうとした。その議論の主要な点を読者が…

一言一話 78

テクストの快楽 作者:ロラン・バルト みすず書房 Amazon 二つのレアリスム 今、読んだばかりの古いテクスト(スタンダールの伝える聖職者の生活の一挿話)に命名された食物が登場する。牛乳、タルティーヌ、シャンティイのクリーム・チーズ、バールのジャム…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 52

.. 宮廷作法の戯画:カフカ(『城』) 『宮廷人の書』の弁証法的対称を視野におきつつ、フランツ・カフカのグロテスクな小説『城』を考えてみよう。トーマス・マンはカフカを「宗教的ユーモリスト」と呼んだ。うまい例えであって、それだけにマンがした以上…

ブラッドリー『仮象と実在』 173

[基準とはなにか。本質的に関連する二つの特徴を持っている。] 真理と実在の完全性というのは最終的には同じ性格を持っている。それは明確で自律的な個物である。第二十章で私は個物であることが何を意味するのか示そうとした。その議論の主要な点を読者が…

一言一話 77

テクストの快楽 作者:ロラン・バルト みすず書房 Amazon 新しいことと悦楽 「新しいこと」はモードではない。批評全体の基礎となる価値だ。世界に対するわれわれの評価は、もはや、少なくとも直接的には、ニーチェにおけるように、<高貴と卑賤>の対立には…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 51

.. 宮廷作法の範型:カスティリオーネ 多分、我々の目的にとって最適なテキストは、マキャベリの同時代人であり、彼と同じく君主の原理に関心を払ったバルダサール・カスティリオーネの『宮廷人の書』である。大きな構想のもち、段階を追って変わる宮廷作法…

ブラッドリー『仮象と実在』 172

[それゆえ、全体的な真理あるいは誤りはなく、ただ正当性の多少があるだけである。] しかし、ここにおいて我々は誤りと真実が落ち合う点に行き着くことになる。完全に間違いであるような誤りが存在しないように、完全に真であるような真理は存在しないだろ…

一言一話 76

テクストの快楽 作者:ロラン・バルト みすず書房 Amazon 退屈と悦楽 どうにもしようがない。退屈は単純ではない。(作品を、テクストを前にした時の)退屈からは、いらいらしても、放り出しても、抜け出せない。テクストの快楽が間接的な生産を想定している…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 50

.. 『ヴィーナスとアドニス』の「社会神秘的」解釈 文学作品の宮廷作法的動機に特徴的な表現について考えるとき、シェークスピアの物語風の詩、『ヴィーナスとアドニス』は最適である。風変わりなのは、<性的な>求愛の物語であるが、我々の探求にとってよ…

ブラッドリー『仮象と実在』 171

[それは条件づけによる。] 別の言い方をすると、どんなカテゴリー上の判断も間違っているに違いない。主語と述語は、最終的に、どちらも他方であることはできない。しかしながら、この目標にいたらないなら、我々の判断は真理へ到達することに失敗したこと…

一言一話 75

テクストの快楽 作者:ロラン・バルト みすず書房 Amazon 批評の読み方 <報告された>快楽から、どのようにして快楽を汲み取るのか(夢の話、パーティの話の退屈さ)。どのようにして批評を読むのか。唯一の手段はこうだ。私は、今、第二段階の読者なのだから…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 49

.. 宮廷作法 レトリックにおける「宮廷作法の原理」は、社会的な疎隔を超越するための説得技術を意味している。「異なった種類の存在」が交流しあうことに宮廷作法の「神秘」が存在する。かくして、我々は気後れや自ら課する制限にそうした「神秘」のしるし…

ブラッドリー『仮象と実在』 170

[真理――その性質。] 我々はすでに思考過程の主要な性質についてみてきた(1)。思考は本質的に「そこにあるもの」と「なんであるか」を分離することにある。この分解は事実上の原理として受け取れる。従ってそれは事実をつくりだす試みを拒否し、内容に自…

一言一話 74

新=批評的エッセー―構造からテクストへ 作者:ロラン・バルト,花輪光 みすず書房 Amazon 何でもないこと <何でもないこと>は<何でもないこと>としか言いようがない。<何でもないこと>はおそらく、どんな言いかえ、どんな隠喩、どんな同義語、どんな代用…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 48

.. 「神話的」基盤と「状況の文脈」 感覚的イメージと神話的イメージには本質的な差異はないと考えられる。両者とも、単に、観念の修辞的な補強物として扱える。それゆえ、公的な表現として社会的に流通し、多かれ少なかれ限定的集団の個別な観点をあらわし…

ブラッドリー『仮象と実在』 169

第二十四章 真理と実在の程度 [絶対に程度はないが、それは存在については真ではない。] 前の章で我々は真理と実在の程度についての問題に到達し、ここではこの観念に含まれるものを明確にするよう努めねばならない(1)。こうした試みは、完全にまた詳細…

一言一話 73

新=批評的エッセー―構造からテクストへ 作者:ロラン・バルト,花輪光 みすず書房 Amazon 固有名詞 「固有名詞」は語り手が無意識的記憶に認める三つの特性をもつ。つまり、本質化の能力(というのは、唯一の指向対象だけを指示するからである)、引用の能力(…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 47

.. 「知識の社会学」対プラトン的「神話」 『イデオロギーとユートピア』でカール・マンハイムが論じ、計画した「知識の社会学」は、マルクス主義的レトリックを中立化、自由主義化する目的をもった方法論だと言える。実在的、弁証法的、究極的用語法を区別…

ブラッドリー『仮象と実在』 168

[ひとつの魂の内部での同一性、それは機械的な見方をどれだけ超越するだろうか。] しかし、こうした作用力、制限された見方による同一性は、個々の魂を考えるときに変更されねばならない。その内的な歴史において、我々はその状態の同一性が現実的に動いて…

一言一話 72

新=批評的エッセー―構造からテクストへ 作者:ロラン・バルト,花輪光 みすず書房 Amazon 老年 記憶によって整序され構造化されうるようになると(これは非常に若いうちにも起こりうる)、実存はただちに運命となり、しかもまさにそのことによって終りを告げる…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 46

.. マルクス主義的説得における究極的要素 一度語を発達的系列のなかに位置づけてしまえば、それらの語は、その本性からして限界をもつ、系列の究極的な完成(「終了」)に参加し、配列されていると言える。各段階は、そのふさわしい「瞬間」に、系列全体の…

ブラッドリー『仮象と実在』 167

[多様な魂の同一性、性質と行動。] これとともに、我々は魂の同一性の問題に導かれることになる。我々は直接的な経験は個別なものであり、それとは反対の意見を擁護したいと思う者はまずいないであろうことを見てきた。しかし、いかなる点においても、二つ…

一言一話 71

新=批評的エッセー―構造からテクストへ 作者:ロラン・バルト,花輪光 みすず書房 Amazon 倦怠 倦怠とは余計な時間の表現であり、よけいな人生の表現である。 どんな文脈かまったくおぼえていない。シャトーブリアンにとっては、ということのような気がする。…

ケネス・バーク『動機の修辞学』 45

. III 秩序 .. 実在的な語、弁証法的な語、究極的な語 第一に我々が取り上げるのは、<実在的な>語である。それはとりわけ、<いまここにある>経験された事物を名づけるもので、生物学的分類のように<種と種差によって>定義される。ベンサムが法の「…

ブラッドリー『仮象と実在』 166

[諸魂間の交流、その性質。] この章を終える前に、魂と魂の関係について述べておく必要がある。魂の間のコミュニケーション、またその同一性と差異は、我々が間違いに関して注意深くあらねばならない点である。第一に、経験が互いに分離されることは確かで…