比喩の回収ーー谷崎潤一郎『悪魔』(1912~3年)

 

谷崎潤一郎フェティシズム小説集 (集英社文庫)

谷崎潤一郎フェティシズム小説集 (集英社文庫)

 

 

 明治四十五年二月号の『中央公論』に掲載された。『続悪魔』は同じく「中央公論」の大正二年一月号に掲載。
 
 谷崎潤一郎には、汽車に乗ることが恐ろしいということを書いただけの短編があったように思うが、ちょっといまは思いだせない。『悪魔』も、名古屋からの汽車のなかで、津波のように押し寄せてくる強迫観念の恐怖のなかで、ようやく東京にたどり着くことから始まる。佐伯は大学へ通学する四年のあいだ、本郷に住む叔母の家に厄介になることになったのである。
 
 また、谷崎が地震を非常に恐れていて、関東大震災のあと、地震の少ない関西に引っ越したのは有名な話だが、大震災の遙か前のこの短編でもこんな造りの家で地震に耐えられるのか、いざ起きたときに叔母といっしょに助からないのは自分だけなのではないかと、しきりに地震の心配をしている。マゾヒズムが実際には被虐者のほうが加虐者を支配しているのだという通説が本当ならば、予期せぬときに、官能的でもない出来事に巻き込まれるのはまっぴらだと思っているかのようである。
 
 叔母の家では娘の照子、叔父が生きているころに住み込ませた書生の鈴木がいっしょに生活している。照子はなにを考えているのかわからない淫婦型の女で、二階に住む佐伯のもとにあがってきては、誘惑とも挑発ともからかっているともとれないような調子で佐伯に接し、最終的には佐伯と関係をもつ。
 
 鈴木は陰湿な男で、書生にしてくれた佐伯にとっての叔父が照子との結婚を認めてくれたこと、すでに自分たち二人には肉体的関係があることなど、本当だか嘘だかわからないことを佐伯に訴え、照子との関係を絶つことを約束させようとする。そして、いざ二人が関係をもったことがわかると、これから照子に近づきはしませんと証文を書いて出ていくのならば、目をつむりましょうと迫ってくるのである。
 
 そんな戯れ言の相手をできるかと佐伯に突っぱねられ、照子にも相手にされない鈴木はある朝学校に出たまま帰ってこず、掃除口に張りついてうずくまっている姿を見つけられる。文句があるなら、男らしく事を進めたまえ、と殴りつける佐伯の喉笛に、どうです男らしいでしょうとにやりにやりしている鈴木が刃物を突き立てる。
 
 これが『悪魔』『続悪魔』二編を通じてのだいたいの結末なのだが、むしろ私が気になるのは『悪魔』の方であり、しかもその比喩とそこから帰結する結末のなんともいえない生々しさなのである。
 
 名古屋から叔母の家について、はじめて照子に会う場面では、照子の顔が「蒸し暑い部屋の暗がりに、厚みのある高い鼻や、蛞蝓のやうに潤んだ唇や、ゆたかな輪郭の顔と髪とが、まざまざと漂つて、病的な佐伯の官能を興奮させた。」と描かれ、またその足は「はんぺんのやうな照子の足の恰好を胸に描いた。」と形容される。
 
 そして、鈴木というやつは陰険でなにをするかわかならないからねえ、などと叔母と会話をしているときに、佐伯は叔母が襟髪をつかまれて、刃物を突き立てられたらどんなだろうと想像する。
 
 「あの懐に見えて居る、象の耳のやうにだらりと垂れた乳房の辺へ、グサツと刃物を突き立てたら、どんなだろう。不恰好に肥つた股の肉をヒクヒクさせ、大根のやうな手足を踏ん張つて、ひいひいばたばたと大地を這ひ廻つた揚句、あの仔細らしい表情の中央にある眉間を割られて、キユツと牛鍋の煮詰まつたやうに、息の根の止る所はどんなだらう。」
 
 さらに、風邪を引いた照子の顔は、「寸の長い、たつぷりとした顔が、喰ひ荒した喰べ物のやうに汚れて、唇の上がじめじめと赤く爛れて居る。」と書かれ、「はんぺん」「大根」「牛鍋の煮つまつた」とさんざん比喩に使われたものは、佐伯によって「喰ひ荒らした」ものが取り戻されるかのように、照子が忘れていった鼻汁でぬるぬるしたハンカチを「犬のようにぺろぺろと舐め始め」、「口中に溜る唾液を、思ひ切つて滾々と飲み」ほすことで回収される。
 
 初期の谷崎は耽美主義と呼ばれたが、もちろんこうした描写は西欧からの影響ではあり得ないだろうし、かといって、江戸末期のデカダンスは血みどろの方向へは向かっていたろうが、こんな趣味まであったかどうか。それはともかく谷崎が趣味に耽溺しているにとどまらないところは、形容、比喩の配置から選択まで計算が為されていることにも明らかで、それがすこぶる巧妙である証拠には、久しぶりに読み返したのだが、こうした趣味のまったくない私はすっかり気分が悪くなってしまった。