死美人という模様――ポオ『リジイア』

 

ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)

ポオ小説全集 1 (創元推理文庫 522-1)

 

 

 詩を書く際には独創性を除けば、まず第一に「効果」を考えると書いたポオは、『大鴉』を最後の連を仕上げることから始めた。最後の連が決まっていれば、最後がもっとも効果が上がるように、それ以前の部分を自由に調整できるからである。
 
 主題となるのは美であり、なぜなら美がもっとも魂を強烈に高揚させるからである。美を伝えるのにもっとも適した調子、トーンはなにかといえば、悲哀であり、つまりは恋人との死別とそれを確認するかのように告げ、最終的には決定的な宣告を下す大鴉が用いられたのだった。
 
 だが、これは詩の場合であり、知性と結びついた真理、心情と結びついた情熱などは、詩などよりも散文によってより容易に達成されるものだとも述べている。だが、作者の言葉をあまり真に受けることもできまい。
 
 美を伝えるのにもっとも適したトーンが悲哀であり、悲哀の極が恋人との死別にあるという道筋もまた丸呑みにはしかねるものである。
 
 そもそもポオのいう美はなにを規範としているのだろうか。荒野が広がるアメリカではすべてが猛々しく、自然が規範となることはなかったとおぼしい。自然はポオの作品のなかではもっぱら冒険が行われる場であって、観照が入る余地はなかった。『アルンハイムの地所』などの庭園ものは、イギリス式庭園もフランス的庭園もないアメリカで、想像力だけで庭園をつくりあげる力業であることにおいてほとんど、『ユリイカ』の宇宙論と変わりがないように思える。
 
 かといってギリシャ的な均衡が美の規範となっていないことは、作品をみれば明らかである。ギリシャ的な晴朗さとは無縁であって、しかも主題的にはローマの頽唐期、あるいは、ボードレールに愛され、世紀末デカダンスの始祖的な存在でありながら、文明の爛熟を示していないことに大きな逆説がある。
 
 確か、オルダス・ハックスレーは、二十世紀前半に書かれたエッセイで、ヴァレリーを代表としてフランスでポオの作品は非常に高く評価されているが、イギリスではあまりにわざとらしく、不自然な英語で、ほとんど評価されていないといっていた。ヨーロッパのデカダンス文学は、自らの伝統の重さに耐えかねて、腐臭を発っしているところがあるが、ポオには伝統と結びついた実質などなかった。
 
 ポオは自分の作品を『グロテスクとアラベスクな話』としてまとめたが、グロテスクとは本来古代ローマに発する人間と動物、植物とが異様な形に接続する装飾であり、アラベスクとはこれもまた植物や動物の形を取り入れたイスラム美術の幾何学的な模様を意味する。ポオはどちらとも無縁の土地で、自分の想像力だけを頼りにある模様をつくりだそうとした。
 
 模様というところが味噌であって、細部においては個人的な嗜好がいくらでも取り込めるが、全体としては幾何学的精神が必要となる。『ベレニス』や『モレラ』からこの『リジイア』に至るまで、好んで死美人のテーマが取り上げられるのは、あるいは、ポオの個人的な嗜好かもしれないが、そうした法外なことと理性とがちょうど地と模様と同じように緊密に分かちがたく織り込まれている。
 
 たとえば、この作品の主人公は若くして死んでしまったリジイアの美しさが忘れられない。そして、フランシス・ベーコンの言葉、「その均衡に何らかの奇異を持たぬかぎり、絶妙の美とは在り得ないのである」を引用して、リジイアの皮膚や髪、顔の各部分をすべて検討した結果、ありふれたものよりもずっと大きかった眼に思い当たる。しかし、それを思い起こそうとすると、いま一息のところで取り逃がしてしまう感じをぬぐい去れない。しかし、不思議なことに、それとはまったく関係のない葡萄の蔓、蛾、蝶、蛹、走り落ちていく水や大洋に彼女の眼を見いだしたと感じられる。
 
 終わることのない「心の錯乱」の結果、「私」は新しい女性を妻に迎えてしまう。しかし、結婚から二ヶ月ばかりしかたたないうちに、その女性は病に襲われ、癒えることがなく死んでしまう。しかし、あり得ないはずのことであるが、病の床についている新妻が幾度も死の床から蘇生し、やがて姿形を変え、リジイアの眼をもった女になっている。
 
 このせいぜい2~30ページの短編小説のなかで、三度にわたって引用される言葉がある。十七世紀のイギリスの神学者、ジョウゼフ・グランヴィルの言葉で、「人もその繊弱い意志の甲斐なさによらぬかぎりは、天使にも将た死にも、屈従しおわるものではない。」というものである。
 
 主人公の男は阿片を常習しているようなので、あるいは女の変身は、幻覚によるものかもしれない。しかし、いったんこの魂の不滅を受け入れると、すべてが説明されうるものとなって、物語の地となり、死美人がかたちづくる模様と切り離すことのできぬものとなる。