豊島圭介『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(2020年)

 

 

三島由紀夫は、ほぼその全作品を10代から20代にかけて読んだ。ほぼというのは、最新版の全集ではなく、その一つ前の黒い箱に入った全集をそれこそ最初から最後まで通読したからである。しかし、自分ながら驚くほどなにも読んだ痕跡が残っていない。一番好きな作品は?としばらく考えてみたのだが、なにも思い浮かばない。ただ、安倍公房との対談で、自分には無意識はない、と言い張ったり、グスタフ・ルネ・ホッケの本の推薦文で、「地獄の釜の蓋ひらき」みたいな一節があったな、と思い起こす程度である。

 

したがって、最後の自死にしてもまったく意見はない。その死後に書かれた文章のなかで、もっとも納得がいったのは、三島と親交があった文学者のなかではおそらく気質的に正反対であろう吉田健一が、蝶の蒐集家が珍しい蝶を追いかけていて、誤って崖から落ちてしまうこともある、といったような見解だった。

 

ごく短いインタビューなどでしか肉声を聞いたことがなかったが、これだけ長い討論を聞いていると、誠実さと魅力的な人柄が十分伝わってくる。

 

そういえば、三島には「仲間」という変な短編があった。東大での討論会で、一番長い間相手をしていたのが、このドキュメンタリーで現在の姿をあらわし、当時を振り返っている芥正彦であり、当時とまったく意見を変えず、三島を否定し続ける彼こそが、三島の「仲間」であり、彼の亡霊を召喚するような不気味な存在感をたたえていた。