一言一話 40

 

 

リア王の自然と仙人の自然 漱石

リアがこの半裸の乞食に対して着衣を投げ与えるのは、「自然」のみにくさに耐え兼ねた反射的な行為である。つまり、「愛」とか「倫理」とかは、この行為を出発点としている。しかし漱石は、おそらくこのトムと同様のボロをまとった「寒山拾得」に「笑而不答心自閑」の趣き以外のものを見ようとはしない。トムの食料は「鼠や二十日鼠やそういった獣」である。が、寒山拾得は大方霞を喰っている。何故なら、トムにとっての自然とはひとつの巨大なactualityであるのに、これら伝統的な仙人にとっての自然とは「無」の表徴にすぎないから。漱石の、更にわれわれ日本人の自然観の特性はここに明瞭に表れていると思われる。

 よく聞く説だが、俄には信用できない。中世の『本町仙人伝』などはともかく、落語から石川淳の小説に至るまで、いわゆる「自然」とは同化できずに、大抵空から落っこちるものと決まっている。