幸田露伴芭蕉七部集『冬の日』評釈の評釈22

ぬす人のかたみの松は吹折て  芭蕉

 

 賊去って弓を張る、とは禅での決まり文句である。曲齋は、恨みのある賊を尋ねていったが、賊は既に去り、その住いのあたりの松でさえ風によって吹き折れており、いまは恨みのもっていきようがないので、せめてそばの松へと一矢放って心を済ますことだとしている。そこまで深入りして解さなくとも、前句の場所を、荒涼として、昔の大盗賊の名を付けられた松なども山風に吹き折れた凄まじいところとみてよかろう。熊阪長範の物見の松は、美濃国青野村一里塚あたりにあるという。前句白菊の物語は美濃信濃の境のことなので、ここに物見の末を点出してその場所を確かなものにしたというのは『大鏡』の註である。「吹折れて」となっているものもあり、そういっては語法が整わない。けれども「吹折れて」というような整わぬ語法も、芭蕉のころには人々怪しみもしなかったようなので、最古本に照らしてどれが原形かを決めるべきである。吹折りては風が吹折りてで、「風の」を略したものであり、吹折れては、「風の吹きて折れて」で、「風の」と「て」が略されている。「吹折れて」も、こうした破格な文法がその時代の行われたとするなら、強いて難ずることもない。