一言一話 135
アービング・バビット。
ロマン主義のノスタルジアは、「ホームシック」ではなく、正確に言うと、家郷を離れようとする欲望である。ホメロスのオデュッセウスは本当のノスタルジアに苦しんでいた。他方、テニスンのユリシーズが家郷を離れ「日の沈む場所の向うへの帆を上げた」ときには、ロマン主義的な意味でのノスタルジアにあったのである。ゲーテが指摘するように、オヴィディウスはメランコリーのうちにあるときでさえ大いに古典的である。彼が異郷の生活で悩まされた切望は明確なものであり、彼は世界の中心であるローマに帰ることを熱望している。オヴィディウスは、実際、人は未知のものを欲することはできないといったとき古典主義の観点を要約している。[ロマン主義の]ノスタルジアの本質とは未知のものに対する欲望である。「私は確たる対象のない欲望に焦がれている」とルソーは言っている。
さしずめ、久保田万太郎は古典主義的ノスタルジア、永井荷風はロマン主義的ノスタルジア、といったところか、いまひとつ断言するところまではいかないけれども。