明治余韻 与謝野晶子

 明治に入ってからの近代的短歌については、私はまったく知るところがないが、与謝野鉄幹の第一の詩文集である『東西南北』(明治29年)には短歌の師匠である落合直文から、森鷗外、齋藤緑雨、正岡子規まで総勢十人の序文を取りそろえていて、ずいぶん臆面のない人物だなあ、と思って本文をぱらぱらと見てみると、いい意味でも悪い意味でも国士的な人で、山っ気があって、好きな人物とはいえないのだが、与謝野晶子をプロデュースし、雑誌『明星』においては木下杢太郎、北原白秋吉井勇らの面倒を見、のちに慶應義塾大学で教鞭をとってからは佐藤春夫堀口大学小島政二郎を育てたのだから、プロデューサー、教育者としては秀でた人物だったに違いない。

 

 それはともかく、いかに私が短歌に疎いのかは『みだれ髪』(明治34年)さえ読んでいないことでも、さらにはこの歌集においてもっとも有名な、一首、つまりは

  

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

 

さえ記憶しておらず、原文に当って引き写しているありさまなのである。ところが、今回、たまたま目についた『みだれ髪』冒頭の一首、

  

夜の帳(ちやう)にささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ

 

を読んで、これはすてきな歌だなと感じたものだから、歌集をまるっと読んではみたものの、じっくり精読したわけではないので、単なる印象論に過ぎないが、さほど気持ちをひかれる歌に出会うことはならず、とはいうものの、第一歌集の一首目が畢生の絶唱だというのはなかなかカッコウがいい。『みだれ髪』には「罪」という言葉がやたらとでてくるが、日夏耿之介の「『みだれ髪』の浪漫的感覚」によると、そこにあるのはなんら体系化された宗教的意味をもつものではなく、「原初的なる意味の汎神論的神」の世界にあらわれるかのごときものだというが、私にはむしろ、ラテン文学のデカダンスにおけるような(ギリシャ悲劇になると厳正で倫理的な罪があらわれる)、つまりは俗世界と地続きになったほとんど狂歌的な意味での「罪」であるかに思われる。それを意識的に行っていたとすると、端倪すべからざるものがあるが、たぶんに「浪漫的な」情緒からきているのではないか。ところで、この日夏耿之介の評論のなかで、もう一首すてきな歌をみつけてしまった。「春曙抄」とは正式には、『枕草子春曙抄』であり、芭蕉の師匠である北村季吟による『枕草子』の注釈書、「伊勢」はもちろん『伊勢物語』、『明星』の同人である山川登美子、増田まさ子との共著で出した『恋衣』(明治38年)にある一首で、ちなみにこの本はこれまた有名な詩「君死にたまふことなかれ」があるけれど、なんといってもこの一首、

  

春曙抄(しゆんじよせう)に伊勢をかさねてかさ足らぬ枕はやがてくづれけるかな