俳句
木枯の巻 (貞享元年の八月、『野ざらし紀行』として残っている旅に出た芭蕉が、陰暦一〇月も終わりの頃名古屋に入り、以後一一月の初めにかけてなったのが『冬の日』の五歌仙だとされている。名古屋で待ち構えていたのは、必ずしも芭蕉の句に傾倒していた俳…
あげぶたを恋のほむらのとじぶたに 新世界通天閣から曙を 目黒川あけぼのくさに日の香り 揚巻を崩さぬ腰の踊りかな 揚巻に結わえた身体はまりとなり
武蔵野のあけのこったる窪地かな 銚子沖波頭立つ赤曽朋舟 揚場ではチンチロリンが波をのみ オペ室で身をあけはなす君の骨 明け番に昨日の様子を探られて
実在や老眼越しの桃の皮 おかっぱの頭を崩す狼藉や 纐纈の血の染み渡る揚げ豆腐 揚げ鍋に余った肉をとじ蓋に 紀元節明荷一つの朝立ちへ
牢番の白髪数える大晦日 日の丸に肉布団朗詠し 草原の狼煙の前の君の影 天宮の蜜蝋の如き廊下かな 琅玕や性感帯を探しかね
暑気見舞い小岩がお菊を連れてきて 来賓の乞食仙人萩の露 生肉を雷斧石もてミンチにし 雷鳴の象る空を譜面とし 煙たつ火鉢の前の羅宇のやに
五本辻来世の道を選びかね 雷鳥を目刺しにしたる去年の秋 アテネではパイドンだけに雷同し 来年の今月今夜の爪の罅 礼拝で水杯を酌み交わし
小舟には来客ばかりあふれおり 去年の秋雷火に映るアフロディテ 硬石に瞥見される来月の夜 来貢にロリポップばかりの花束を 沖縄に雷獣のいる涼しさよ
陰陽は転じて陽となるばかり 空蝉や稚児衆だけの養育場 行く年や来意を告げぬ大黒主 夏の午後雷雨の果ての薄明かり 日ノ出町膝を揃えて来迎し
輻のなかの尺取り虫の住みどころ 初春や灸(やいと)を我慢する季節 陥穽の刃をくぐる六代目 素浪人焼畑模様の着流しで 名月や夜陰に影を落とすもの
孟春に餅のかわりにバナナ喰い 花見客毛氈だけのわが領土 禅僧は孟宗竹で漸悟して 頭巾干す灰色の家は旗日なり 矢の先に果実の汁をそっと塗り
妄想の坂を転がるガラス玉 もの申す口を探して遠州に くろがねの妄執もらす耳中人 もろ肌を脱いだ裏地は申文 天の原亡者の騒ぐ夏祭り
眉刷毛を性具にしたるヴィシュヌ神 きぬぎぬに埋没したる岸惠子 鳴神やマイルをワットに変えたりき 猛悪な蒸気機関のパンクたち みだりがましく妄語を発す漢詩人
琴柱眉毛とT字に重なりて 昧爽に首を出したる緑亀 武蔵野に埋葬される回教徒 売僧から赤チンひと瓶買いにけり 死神に六根清浄と声をかけ
イヴォンヌが宝石の瑕疵捜しおり 初春や逢魔が刻の杉木立 水たまり間合いをはかるピンヒール 月光の漏れる井戸辺で皿九枚 ひとり寝に手ぬぐいだけを枚挙して
血圧を媒介したる春の海 晩秋に廃学したる黒縄師 親方は配合の酒にあけら顔 寝台は肺肝に沼の心地かな 拝顔を床下でする雪の朝
梅雨の日や二階から見るエロ動画 拝謁の座にはもちのいいあわび 池の辺を配下と歩く日比谷かな 拝賀する南画の先に湯の煙 俳諧の座に二オンスの青い空
秋の暮れ羽蟻のとまる枯れすすき クレールの肺に咲きたる蓮の花 盃に海を注ぎて波を足し 倍にして半分に割る数学者 虚の膜を破水でいずる名女優
橋場町刃先の欠けた残侠の日 外科室のオリーブオイルに蝶の羽 山の端が欠けたる夏の夜の月 街角の田宮二郎の気の派生 幔幕や坑道へ行く際の常
イギリスで名うての馬鹿と褒められて 日が暮れてのれんの夜の前橋の刻 長雨や蛙飛び込む頭山 葉本から葉先へたどるニトロかな ホワイトノイズの強迫観念の歯
卍型耳と口との内密さ 桜桃忌引き出し増やす内務省 風船が空に固まる内乱よ 脳蓋を外してでたる参観日 嚢中に二千の球を携えり
うららかな内情のあるゴンドラよ 釘を刺す内職の日には告解し 晴天の荒野ばかりの内地かな 王様に内通したる神の使途 明礬を内服してもむくむだけ
内外を裏返しにする枯れた花 血痕の数を数える内見よ ありなしか乃至はなしのありかはなしか 内実をきりでつついてぽんと割り ぐしょ濡れの内心だけがやや乾き
神々の内意を聞いたヘロドトス 内閣は角砂糖の如く水に溶け 海街で夏の日ばかりがないがしろ 謝肉祭刃物をもった内儀たち 冬の朝心療内科の義眼かな
夢のなか太神楽には名美の足 人入れの太閤が見るポチョムキン わたくしが対岸に見る私たち 大寒に造物主が水浴びし 絵の端の橋で尋ねる君の名は
軟膏の大家が描く抽象画 目の玉を対価にしたる赤い犬 河童忌に退校したる山嵐 マネキンの体型づくりのアカデミー 大学の天井をゆく贋学生
秋の日に題詠をする閹人や バイブルを大要したる地底人 大恩を受けたる君のささくれよ 大音で雅楽を流すマジックミラー 与太郎が大音声で老子読み
鉄筆で書きたる本は題未定 プルースト大意をすると十二文字 学頭が退院したる鈴ヶ森 太陰にストリッパーをめとりたり 性愛の大雨が降る熱気球
客人が4ターレルで首を狩り 大振り子体をかわして釘を打ち 高架下台の上には旭日旗 霧の旗大谷崎の卍かな 鏡台でホックを外す六代目
伯楽やさいかち頭がぽんと鳴る トッポギや才気の果ての薄明かり 宮廷人猜疑の果ての薄煙 病み上がり再勤したる薬売り 流刑地の田んぼの中の丸い月